息という字は自分の心。
息に乗る声は心を伝えます。
便利と楽に慣れた現代人の弱ってきた息、そして心に届かない声に危うさを感じています。
どんなに便利になっても、強さも優しさも思いの届く声はコミュニケーションの一番のツールです。
650年も続いてきた能の中には、息を声を鍛える力があります。
女性でありながら、私は人生の途中から能の世界に魅了され、玄人の道に入りました。修業していくなかで能の持つ多くの力に気付きました。それは能を稽古する人だけのものにするにはもったいないと思えるものでした。
能の力はもっと日常でたくさんの人の役立つのではないかと感じたのは、稽古にいらしていた、演劇に関わっている方の話からでした。
和の発声を学ぶには謡や古典芸能の稽古などがいいと思っている人はいるけれど、敷居が高くて始めにくい、という方が多いというのです。「一度始めたら、やめにくいのではないか」「発表会に出たり費用がかさむのではないか」などがその足かせのようでした。
だったら
「発声の基本は能であっても稽古ではなく、行きたい時に行ける和のボイストレーニングなら普通に声の悩みのある方が気楽に来てくださるかもしれない」
と思いつきました。
ということで18年前に「声の道場」を始めたのです。
思いがけなかったのは、演劇や語り、和のお稽古ごとをしている方たちが多くみえると思っていたのに、日常の声に悩んでいる方がとても多くみえたことでした。
東京の道場に参加してくださる方あり、地方出張道場あり、中学や高校、大学からの体験講座依頼あり、その効果や新たな問題点、私が感じている日常の声への危機感を、〜日本の声が危ない〜、〜ハイハイ・ハイのすすめ〜、〜人間力を取り戻そう〜、の3冊の本にまとめました。
「声の道場」に参加した方の中から稽古を始めた方もあり、これまで観たこともなかった能が好きになられた方もあります。そうやってお稽古を続けられる方たちが、目に見えて姿勢が良くなり元気になっていらっしゃることが、また私の力になりました。
また、その時だけのご縁だった方でも、参加なさったことで、その方の声の悩みや健康に役立てていたなら、それだけで嬉しいと思っています。
未だに「声の道場」の本を読んでとか、緑桜会のホームページでブログを見て、という方が声の悩みを抱えて稽古場にいらしてくださいます。
また、このところ講座の依頼をしてくだる方や団体がまた増えてきました。
それだけ声や体に対する意識が高まってきたのかもしれないと嬉しく思っています。
能楽師になってから37年、声の道場を始めて18年、私も歳を重ねてそれなりに体力は落ちているかもしれませんが、声や体への意識が私の健康管理をしてくれていると思っています。能を舞わなくなっても、
「少しでも長く多くの人に能の力を伝えたい」
それが今のライフワークです。