私は50代で膝を痛めたとき、施術をしてくださった先生に
「能の構えはとても素晴らしく体のために良いけれど、同じ体勢を長くしていると固まってしまう。若ければ戻るのも早いが、50を過ぎるとなかなか戻らず急に動いたりした時に膝や腰などを痛めることに繋がる。舞台や稽古の前後の体のケアが大切です」
とストレッチの必要性を教えて頂きました。
体に向き合うことに目覚めた私は、その日からこの20数年来、朝晩のストレッチと体力維持の為の軽い筋トレを、ほぼ毎日続けています。
その相棒が、我が家であるマンション3階の窓からの景色と、廊下の先の壁に掛けてある縦長の鏡なのです。
体全体のよく使う部分のストレッチは普通にするのですが、立って繰り返すスクワットや片足立ちは、立っている目線の先にある外の景色の中に遠くの目印を決めて方向を定めて行います。上下するときは、顔や目線を動かさずその目印から垂直に動いていれば体が安定します。
また、前後左右に足を上げ下げしたり振ったりするときには、廊下の5m位先にある細長い鏡に向かい立ち、自分の姿をぼんやり見ながら、鏡の枠を利用して、動作をする時に上半身がブレないように行います。鏡だと、離れている距離の倍の先の自分を見ることになるので、相当遠い所に目が行くことになるのです。
遠くを見るともなく見ている焦点を合わせない目線、これは能と繋がります。
だいぶ前にブログでと「見る」と「見える」という題で書いたのですが、「見る」と「見える」はまるで違うのです。
何かを見るとその一点だけに焦点が絞られ、他のものが目に入らなくなります。そして体の動きに目がついていかなかったり、見ようとする方向に目が先にいったりして舞の動きの邪魔をしてしまいます。
見るともなく遠くを焦点を合わせずにいるとなんとなく全体が見え、体の動く方に目線も一緒にいくのです。そして体の芯がブレないのです。それが能の目線、舞うときの目線なのです。
ですからお弟子さんの仕舞の稽古をするときには、構えとともに目線を直すことを大事にしています。
私の健康管理のためにいつも必要なのは健康機器や道具ではなく、「遠くの景色」「廊下の先の姿見」なのです。これは体幹を整え、目線を正すのにもとても役立っています。
私の大事な相棒です。