「こころみの会」挨拶文その3

またまた前回前々回に続き「こころみの会」九回目十回目の挨拶文です。回を追うごとに番組における挨拶文の割合が多くなって来ているのが自分でも面白いです。

第九回「形見に想う」
平成22年9月9日(木)62歳

いつも「こころみの会」をご支援いただきありがとうございます。
今回は「形見に想う」と題しまして、想い人の衣装を身につけて登場する女性を主人公とする曲を取り上げてみました。恋する女性像三態、形見の想いもそれぞれです。
『井筒』幼い頃からの想いが成就し、一生を通じ喜びも苦しさも味わいながら愛し通し、この世を去ってからもなお、恋に漂う女。業平の形見の直衣を身につけ、井筒に姿を映して恋人を、恋を偲ぶのです。永遠の恋と言われる所以でしょうか。
『松風』須磨への流され人、行平に想いを寄せ、都へ戻るときの「待つとし聞かば今帰りこん」という言葉を信じ、互いに亡き後もなお待ち続ける女。形見の衣を身につけ、松に行平を重ね見て、狂しく舞います。
『松浦佐用姫』遣唐使という大志ある狭手彦との短い日々。始めからその時限りの逢瀬とわかっていながら恋に落ち、別れを受け入れられず恋しさのあまり狂乱し、形見の鏡を抱き身を投げてしまう女。思い出もなく、待つこともできず、絶望のみが残る悲恋です。
能では皆、旅僧の夢とともに消えていく夢幻能の形となっていますが、今回は『井筒』を袴能、『松風』『松浦佐用姫』を舞囃子という、面・装束を付けずに紋付・袴姿で観ていただくことといたしました。『井筒』はシテを梅若晋矢先生にお願いし、地謡は鵜澤久さんを地頭にお願いして、女性のみで謡わせていただきます。
仕舞も天鼓、富士太鼓という形見にまつわるものといたしました。
想い人の残した形見への懐かしさや恋しさ、それがあるための恨みや悲しみ、普段の能と違った角度からもお楽しみいただけたらと思っております。また、『井筒』という大曲を女性の地謡で謡わせていただくという大それた試みも、この会ならではかと思います。ご高覧いただき、ご感想、厳しいご批評をいただければありがたく存じます。

第十回「出会いと別れ」
平成24年4月28日(土)63歳

おかげさまで「こころみの会」を始めさせていただいて13年、このたびの開催で十回を数えることができました。
これというのも、「女性の能を考える」「自分が観たくなる」ということをコンセプトにした私のわがままな企画を、広い心で許して下さり力をお貸しくださった諸先生方、また私を支えてくださった周りの皆様、観に来てくださったお客様のお陰と、心から感謝申し上げます。
今回は、これをひと区切りにして、しばらく会をお休みさせていただくということもあり、テーマを「出会いと別れ」にいたしました。
最後まで舞台と見所一体の空気を、お楽しみいただけるような会にしたいと思っております。よろしくご高覧のほどお願い申し上げます。

〜今回の企画に寄せて〜
能「蝉丸」
薄幸の運命に流される姉弟の皇子の、出会いと別れの能です。姉宮逆髪を喜多流唯一の女性能楽師・大島衣恵さん、盲目の弟宮蝉丸を観世流で今後を期待される若手女性能楽師・鵜澤光さんにお願いし、異流共演が実現いたしました。前々から私の頭に描いていた楽しみな企画です。地謡は地頭を鵜澤久さんをお願いして女性(観世流)で謡わせていただきます。
狂言「若菜」
長く都に滞在していた大名が国に帰ることになり、名残に大原に出かけ、小原女たちと出会い、しばしの酒宴を楽しみます。賑やかな宴の後の淋しさ…。
初めて山本東次郎先生ご一門のこの狂言を拝見したとき、いろんな人が日常の中で、たまたま出会った人とそれぞれの人生のほんのひとときを共有し楽しみ、また自分の仕事や生活に戻っていく、「これって私たちの日々の暮らしそのままだな」と感じました。言い換えれば私たちの生活は「出会いと別れ」の積み重ねなのです。その時一緒に拝見したのが梅若六郎(現玄祥)師の「楊貴妃」の能でした。会者定離という悲しいテーマでもあるにかかわらず、見えてきたのは楊貴妃と玄宗皇帝との愛の日々の喜びでした。「若菜」に感じた淋しさと共にとても印象に残ったのを覚えています。今回は「楊貴妃」を舞囃子で私が舞わせていただきます。また、鵜澤久さんには仕舞「景清」をお願いしました。まだ見ぬ父を訪ねてきた娘を故郷に帰すために、今は盲目となって衰えた景清が戦物語をする部分が仕舞になっています。そのあとには父と娘の別れが待っているのです。

これまでたくさんの先生方のお力添えをいただき、流儀を超えて、男女を越えて、毎回「こころみの会」を催させていただくことができました。観てくださるお客様も含めて、魂の集いの会であったことを誇りに思っております。これまでの出会いに感謝し、今回の催しを皆様と共有させていただく喜びを糧に、また新たな出会いに向けた出発としたいと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

関連投稿

検索語を上に入力し、 Enter キーを押して検索します。キャンセルするには ESC を押してください。

トップに戻る