「和の発声」をお教えする場として立ち上げた「声の道場」でしたが、思いもかけず、日常の自分の声に悩みを持つ方が多くおみえになります。
随分前に「腹式呼吸はできるのに声が響かない」という方がみえました。
「ヨガを教えているが、生徒さんに言葉が伝わりにくいし、作ったような自分の声をどうにかしたい」
ということでした。とてもにこやかな方で、お話になるときも笑顔です。もしかしたら意識して口の形を作っていらっしゃるのかなと尋ねてみると、「小さいときからいつも笑顔で口角をあげて話すように言われていた」と…。知らないうちに唇に力が入って自然に話せなくなっていらしたのではないかと思いました。ヨガを教えていらっしゃるくらいですから呼吸は深いのです。ただ息が体に溜められても口の動きが不自然なため声が息と繋がっていなかったのでしょう。自分の声が自然ではない、作った声だと感じ好きになれない、いろんなボイストレーニングの教室に行ったけれど改善しない、どうにかしたいと思っていたところに「声の道場〜日本の声が危ない〜」を読まれ、私のところにいらしたのでした。
口を緩め喉から肩に力がいらないようにして、自然な発声と発音の練習を繰り返し、だんだん息に声が乗るようになってきました。
しばらくすると、ヨガの教室でもだんだん効果が表れ、自分の声を気にすることがなくなったことで、生徒さんへの気配りができるようになり、言葉が届くようになってきたと喜んでいただけました。
「声の道場2」にその方がご自分でお書きになった体験談を載せています。
笑顔は大切ですが、日本語の発音の場合、どうも意図的に口角をあげて笑顔のまま話すのは向いていないように思います。謡は本当に日常に話すような自然な口での発音なので口角を上げているとお腹から謡うということができません。体に溜まった息と口先の声が繋がらないからなのです。
口の形を作らなくても、自然な感情によって自然な笑顔で話すことはできます。口角は結果として上がるだけなのです。楽しそうに目が笑っていることでも十分心は伝わると思います。昔から「目は口ほどにものを言い」ともいうように…。日本では目の表情が豊かであることが、もともと求められていた。それも話し方と共に、日本人がマスクをしていてもあまりストレスを感じない一つの理由なのかもしれません。
他にも接客をお仕事にしていらっしゃる方で、同じような悩みで「声の道場」にいらっしゃる方があります。相手に良い印象を与えなければと、どうしても笑顔で話そうとするので口角をあげて話すことが多くなるようです。それによって日常の声まで口角をあげたまま話すような癖がつき、接客用の作った声になってしまうという場合があるのです。自然な自分の声で話すことができ、お仕事用の声と使い分けられればそれでもいいのですが、「作った声の方を自分の声だと思い込んでいる」そして「自分の声は伝わりにくい」と悩んでいる方が多いということも「声の道場」を始めてわかったことの一つでした。
自然な感情が自然な表情や自然な声になる。そのためには表面を作るだけではいけないのです。口先で話せてしまう日本語は、特に姿勢を正して息を遣うことが必要なのだと思います。
テレビでスピーチのレッスンを受けたのではないか、という話し方を見ることがあります。口先で話す日本語に対してコンプレックスがあるのか、外国の方の指導を受けられた方なのではないかと思いました。西洋の言葉なら合うかもしれませんが、口角を上げた笑顔だけでなく取って付けたような身振り手振りが多く、そんな日本語のスピーチは、なんだか見ている方が恥ずかしくなります。日本の言葉、話し方には合わないような気がするのです。
和の発声練習をする時、身振り手振りが多い方は体に響く声になるのに時間がかかるように思います。「声の道場」に「声が響かない」という悩みでみえる腹式呼吸ができていない女性に多いのですが、気持ちが相手に声で伝わりにくいのをなんとか相手に伝えようとするために、顔を前に出したり体を動かしながら話す癖がついたのではないかと思われます。伝えたい気持ちは通じるかもしれませんが、よけいに口先の声になりやすいのです。「顔を動かさないで話してみてください」というと「話せません」と…。まずは体自体を安定させることからしないと発声の練習に入れないのです。これも体と息が繋がらない声の一例です。
自分の本来の声でなく、作った声で話していることに気づかず、自分の声を嫌いになっている人が増えて来ているように感じます。本来はひとりひとりすべての人が自分の体に響く自然な声を持っているのです。それは持っている声帯によって、調子や声量の違いはあっても声に優劣をつけるものではありません。
「相手を思いやる心と声が息に乗って言葉となり、自然な笑顔となる」
「声の道場」では和の発声を伝えると同時に日本の言葉に合った自然な話し方、自然な声の方が思いが相手に伝わる、心地よい声になる、ということを伝えていきたいと思っています。
山村庸子五行歌集「能のひとひら」より
「心に響く声・心に届く言葉」これが「声の道場」のキャッチフレーズなのです。