「声の道場」を始めて暫くして、「和のボイストレーニング」というのが珍しかったのか、ネーミングが面白かったのか、新聞に取材を受け掲載されたり、ラジオ番組に呼ばれてお話ししたりすることがありました。
東京で定期的に開いていた道場に、遠く離れた沖縄や東北から申込みがあったり、それまで自分の周りの方たちからの依頼で開講していたワークショップも、急に遠方からの依頼が増え、いろんな所で「声の道場」を開くようになりました。
函館から視覚障害の方のための録音ボランティアグループから泊りがけでの依頼があったのには驚きました。藤沢の同じようなグループからは「録音ボランティアをしてくださろうとする方はたくさんいるのに、録音した声が聞き取りにくい方が多いので、その方たちの指導に来てほしい」ということで複数回の依頼もありました。
その他にも朗読や語りの会、理学療法士の方たちへの講演、などなど…。今までとまた違った分野の方たちと交流し、いろんな所で「和の発声」が必要とされていることを感じました。
地方のお話の会などのこじんまりとした集まりは、特に悩みはなくても和の発声に少し興味がある程度で参加なさる方も多く、いろいろなタイプの方があり、普段自分の声を求めて「声の道場」に見える方に対するのとはまた違う発見、楽しさがあります。
ある地方でのワークショップのこと…。いつものように姿勢を正し、腹式呼吸を確認、そして一人ずつ自分の一番響く声を見つけていきます。女性の方で呼吸も深く、声の響きのいい方がありました。言葉もよく届きますが暗い感じがする、張りがないのです。ご自分でも声についての悩みがあるわけではないようでした。
「何かスポーツをなさってましたか?」
と聞くと
「はい、学生時代に」
と低い声で答えられました。
「いつもその調子で話されてますか?」
「たぶん…。気にしてませんでした」
「お子さんを褒めるときなどは、もう少し調子を張ってあげないと、褒められた気がしないかもしれません」
と言うと
「家の中を覗かれてる感じです」
と笑って
「これから少し意識してみます」
と言われました。
同じような話ですが、もう一方、こちらは悩みがお有りでした。女子ハンドボールの監督をしている方で、呼吸は深くお話の声に問題はありません。
「近くで話しているときには選手とコミュニケーションがよく取れるのですが、試合中に指示を出すときの声が通らない」
と仰るのです。やはり聞きやすく響きのある声なのですが、遠くに声を飛ばすのにお腹からの息の張りがないのだと思いました。指示を出すのに大きい声を出そうとして顎が上がり、せっかくの響く声が喉声になり、自分のそばでは大きくても、遠くまで言葉として届かない声になっているのです。顎を引いてお腹からの声の出しかたをお教えして納得していただけました。
このお二人はいずれも若いときに運動をしっかりして、姿勢もよく息が深いので軽く話せば会話の声は心地良いしなんの問題もないのでした。ただいつも同じ話し方で意識して感情を込められることがなかったので、「褒める」とか「指示する」とかの意思を持った声の息の使い方が自然にできていなかった、という例です。とてもいい楽器を持っているのにいろんな音を出すための技法が少し足りなかったということ。少し張りのある声の出し方を身につけることで、お子さんや教え子とのコミュニケーションが深まるといいなと思いました。
もう一例。体格のいい男性の方です。姿勢もいいし呼吸も問題ないのですが、体に似合わず声がとても優しく可愛いのです。役所の窓口で相談を受けるお仕事をなさっているということでした。困った方たちに寄り添うお仕事で、優しい声を作ってらしたのかもしれません。自然な自分の声であれば、気持ちを込めることで寄り添う声になると思うのですが、意識して高めの柔らかい声を出すことを続けられていて、お仕事で使う口先の作った声が日常の声に影響したのかもしれないと思いました。ご本人も窓口以外の仕事でプレゼンなどをするときに声が通らないということでした。スポーツ選手で体に溜まった息と声が繋がらない例がありましたが、それと同じだと思います。やはり体が楽器として機能していないのです。本当に勿体ないと思いました。
顎を引いて体に溜まっている息に声を響かし、言葉を体に向かわせることを繰り返ししていただきました。自然な声が響くと一緒にいた方たちが「オーッ、すごくいい声!」とびっくりなさり、ご本人も驚かれたようでした。
「十分優しく心のこもった声だと思いますよ」
その声の出し方を意識して自分のものになさったら、窓口だけでなくあらゆる場合に自分の気持ちを表せてお仕事が広がるのではないかと思いました。
地方のワークショップに伺わせていただいたことで、たくさんの方にお会いして和の発声を伝えることができました。悩んでいる方にすぐにお役に立ったかどうかはわかりませんが、原因がわかって意識されるだけでも変わってくるのではないかと思っています。最終的に良い方へ向かわれたのならとても嬉しいのですが…。
私にとっても地方での様々な出会いは、声についての考察が次々と広がり、その後の「声の道場」にとって本当に得難い体験となりました。