先日、大学で講義をしたときに尋ねました。
「腰掛ける」と「腰を下ろす」の違いわかりますか?と。
普段あまり気にもしないと思うのですが、その違いはとても大きいし、姿勢や呼吸ととても関係があるのです。
講義の教室を準備いただくときに、「なるべく硬めの椅子を」「机は無しに」とお願いしたのも、そのことを学生さんたちにわかってもらうための動作をしてもらおうと思ったからでした。一人一人が動きやすいように、私から皆さんの動きが見えるように。
講義を始めて最初に能の説明などの話が続いているとき、やはり背もたれに寄りかかっている人が多かったので、まずは姿勢の大切さとそれによる動作や呼吸の違いを体感してもらおうと思っての質問でした。
いつも皆さんに椅子での良い姿勢(上半身が正座と同じ状態)をお教えするように、
1 体を起こし
2 お尻の位置を浅めに
3 膝を骨盤の前になるよう開き
4 重心を足が感じるくらいに前に移す
5 そのまま頭を上から引っ張られるように背筋を伸ばす
その姿勢が落ち着いたところで、
「腰を持ち上げるつもりでイチニのサンで立ってください」
皆さん一緒にスッと立てました。
今度はいつものように楽に座っている状態から、同じように立ってもらいました。頭も上半身もバラバラの動きで、いわゆるヨイショという感じでした。一度前に体重をかけないと、足の筋力だけではすぐには立てないので、それぞれの動きになったのです。
また、後を向くのに「ただなんとなく向く」と「お臍を後に向ける」とも比べてもらいました。
皆さんその違いをはっきり感じてくださったようでした。
これらの動作は「腰から動く」感覚を理解してもらうためだったのですが、後日いただいた感想文には、そのことを驚きとして書いている人も多くありました。
能の舞の動きを書いてある「型付」には、立っていることを「立ち居」、下に膝をつくことを「下に居」としてあります。重心は前に掛かっているので決して「下に座る」とは言わないのです。
「腰掛ける」と「腰を下ろす」、「下に居る」と「下に座る」の違いは同じようなものです。
「重心を前に置いていてすぐに立ち上がれる。動きを途中で止めてはいるがすぐに元に戻って動ける形」
と
「お尻を下ろして重心を後に安定させる。それまでの動きを一旦終わらせ休んでいる形」
の違いなのです。
能を舞っているときは、じっとしていても、いつでも動き出せる重心が前にある形「立ち居」「下に居」なのです。
日常生活でも、息遣いの違いと同じように、時に応じて「腰掛ける」と「腰を下ろす」を使い分けると良さそうな気がします。