危機を節目に 2

50代半ば、14.5年ぶりで主人とボウリングに行ったときのことです。学生時代ボウリングクラブに所属していて、全国大会にも出場していた私は、昔通りのイメージでゲームをしました。思ったよりスムーズに投げることができ、得点は173点。主人に勝っていい気分になり、もう1ゲームと思ったときです。「アレッ?」左膝に痛みが走りました。特別に捻ったりした感じもなかったのですが舞台に支障が出たらいけない、と思ってそこでやめることにしました。

そのあとも痛みが引かないので、知り合いに紹介してもらって接骨院に行きました。先生がおっしゃるには
「昔取った杵柄が一番厄介なんですよ。若いときに投げた感覚でストレッチもしないで急に投げたんでしょう?右脇腹が硬いのに右手をグッと伸ばしたから筋が急に引っ張られて左膝に来たんです。体は全部繋がっているんです」
そういえば、若いときのフォームの自慢は右手のフォロースルーが伸びていることでした。
「運動をする前後には必ずストレッチをすること」
という注意を受け、
「能の構えはとても素晴らしいが、どんなにいい構えでも同じ形を長く続けると筋肉が固まってしまう。若いうちはすぐに戻るけど、50歳を過ぎたらほぐさずそのまま動作をするとまたどこかを痛めますよ」
とも言われました。

その後もそれがきっかけになったのか、膝の痛みはなかなか取れず、静かに舞うのはなんとか舞えましたが、立ち居の激しい仕舞は無理な状態に。また地謡のとき正座を長くしていることができません。どうにかしなくてはと整形外科に行きました。レントゲンを撮っていただくと「変形性膝関節症」の初期だとのこと。痛み止めの薬をくださり、膝関節周りの筋肉をつける運動などを教えていただきました。ただ「正座をしないでください」と言われ、「正座ができるように治療しに来たのにそれでは困る」と思い、整形外科に行くのはやめました。
その話を聞いたあるお弟子さんが「鍼治療のすごい先生がいらっしゃるので騙されたと思って行ってみてください」と治療院を紹介してくださいました。
藁をもすがる思いで治療院に伺い、状態を説明し正座ができるようにしたいと言うと、
「大丈夫できるようになる」
と太鼓判を押してくださいました。
その言葉を信じて治療に通うことにしました。膝だけでなく、全身の鍼治療です。最初は3日おきくらい、そのうちに一週間おき、二週間おきと間隔が空いて、月一回くらいになった頃、半年くらい経っていたかもしれませんが、正座ができるようになりました。
それからというもの、接骨院の先生と鍼の先生から教えていただいたストレッチと筋トレを毎日かかさず続けています。また、体のどこかに違和感があるときは早めに診ていただくことで、自分の体を維持しています。
接骨院の先生には膝に真っ直ぐ体重がかかるようにと、O脚ぎみだった足を真っ直ぐするためのトレーニングを教えていただきました。その他骨格に関しての歪みなどを定期的にチェックしていただいています。膝周りの筋肉を鍛え重心が真っ直ぐ膝に乗ることで負荷がなくなったのか、その後膝が痛むことはほとんどなくなりました。
鍼の先生には、ハードだとわかっている仕事のときは自分のストレッチだけではほぐれないので、その翌日を必ず予約しておいて、血流を良くしていただき、筋肉の維持につとめています。膝や腰など大事な箇所も痛みが出る前、違和感のある時に診ていただくことを心がけています。

「未病先防」とでもいうのでしょうか。お二人の先生に出会えて20年余り…。信頼する先生方に出会えたことは本当に幸せでした。

「能ができなくなるかもしれない」と危機感をもった二度目の出来事でしたが、「自分の体と対話する」その大事さに気づかされ、それが自分の舞台や「声の道場」「能エクササイズ」に繋がったという、大きな節目となりました。

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