女子高生の祝言小謡

「創立50周年記念式典で生徒に“祝言の小謡”を謡わせたい」
22、3年前だったでしょうか、私の卒業した女子高の校長先生からこういう依頼を受けました。
その少し前にその高校の同窓会で催している、卒業生による卒業生のための講座で能楽師として講演をさせていただいたことがきっかけでした。
その校長先生は女性で、ご自分も謡の稽古をなさっていて
「生徒に日本古来の“祝言の謡”を体験させたい」
とおっしゃるのです。1年生3クラス約100人を対象で、授業時間を1時間ずつ使えるということでした。

謡は能の脚本朗読のようなものです。謡の稽古というと、能で謡われる脚本(謡本)を囃子を入れないで謡う稽古をするわけです(素謡といいます)。その一冊の謡本の中の半ページから1ページほどの部分を独立させて謡う、短い「小謡」というものがあります。内容によって、お祝いのための“祝言小謡”、故人を偲ぶ“弔謡”などとして謡われ、昔から結婚式や新築祝、長寿祝、葬儀、仏事などの式典で謡われてきました。
能そのものは武士のものでしたが、江戸時代に町民も謡だけなら習えるようになった結果、謡文化が広がり、その中で簡単に謡える「小謡」が流行ったようです。落語で、お祝いで謡わなくてはいけなくなった店子が大家さんに「高砂や」を習う話もありますね。
私が謡を始めた頃の福岡では、結婚式では祝言として小謡が三番謡われるのが常でした。そのために小謡だけを習う人も多く、謡の稽古と能が繋がらない人も多かったように思います。
この頃ではその習慣はほとんどなくなりましたが、私が能楽師ということで謡うのを頼まれたり、お弟子さんが「お孫さんの結婚式にお祝いとして謡いたい」「親御さんの歳のお祝いに謡いたい」と稽古なさることもたまにはあります。ただ謡うのは普通は一人か小人数です。能楽師の結婚式や葬儀で当たり前に謡える人が大人数で謡うということはありますが…。

能も謡もまるで知らない高校1年生の女の子、それも100人もの生徒にどうやって教え、式典で一緒に謡わせることができるのか……とても悩みましたが、せっかく校長先生が日本文化を感じさせたいと思いついてくださった企画です。引き受けることにしました。

祝言の小謡の中でも一番そういう記念に相応しい、そして短かくて覚えやすい「高砂」の中の最後の部分
「千秋楽は民を撫で 萬歳楽には命を延ぶ 相生の松風颯々の声ぞ楽しむ  颯々の声ぞ楽しむ」
を謡ってもらうことにしました。

能や素謡の地謡や連吟のように複数で謡うときには、地頭といって最初に発声するリーダー、それを助ける副地頭がいます。それができそうな生徒を見極めて決めなくてはいけない。そして上手に謡うことよりも一番大切なのは全員が「楽しい」と思って声を出してもらうこと……。

当時、自分の娘と同じくらいの歳の女子高校生100人あまりが大きな声で「千秋楽は……」と謡うのです。想像していたら、私が楽しくなってきました。

さて授業を受け持つ当日になりました。前もって自分たちがどういうことを習うのかは先生の説明を聞いていたようですが、興味津々の目がこちらを見つめていました。私が在校していた頃もおとなしい女子高生というよりは、好奇心旺盛な前向きな女子高生が多かったのですが、校風は変わっていないようで、まずは安心しました。
謡を印刷したものも配りましたが、印を教えて謡えるようにする時間はありません。黒板に大きな字で謡の文句を書き、
「難しいものを習うと思わないでね。この頃流行っているラップを歌うような感じでいいです。言葉をリズムに乗せるので、一句ずつオウム返しに真似してください」
と小さい子たちに教えるときのように強い声で
「せーェん.しう.らくは.たみを.なで」返し「まん.ざい.らく.には.いの.ちを.のォぶゥゥ」返し
というように何度も繰り返しやっていたら、だんだんノリが良くなり、なんとなく謡らしくなってきました。節のあるところも勢いでなんとなくそれらしくでき、何より面白がってくれました。
放課後に時間と場所を取ってくださるよう先生にお願いしておき、何人かを特訓することにしました。授業中の様子を見ていて元気よく声を出してくれていた二人を地頭副地頭に頼み、その子達の発声で一斉に謡う練習もしました。そしてその二人に特訓をするということで放課後残ってもらうようにしました。
あとの生徒たちには、各クラス2人ずつの計6人を地頭グループとして放課後に特訓をするので、本番ではその人達が声を出した瞬間に皆で思い切り声を出して謡うよう頼みました。
あとの二クラスも同じように練習した後に二人ずつ選び放課後残ってもらいました。そしてその6人に少し謡のことを改めて説明して、その6人の中からもう一度地頭と副地頭を決めました。地頭が発声すると同時に6人の声が周りに伝わるようにと稽古を重ねました。

記念式典に出席はしませんでしたが、校長先生からのご報告が来ました。とても良くできたそうで、謡い終わるとお客様はじめ先生方や他の学年の生徒たちにも驚きの声が上がって拍手喝采だったということでした。好奇心が強く物怖じしない生徒が多かったことが功を奏したのだと思います。どうにかお役に立ててホッとしました。

あの子達ももう40歳くらいになっているでしょうか、覚えてくれているでしょうか、どこかでその時いた女子高生に巡り会えないかなぁ、と思うときがあります。

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