下手は上手の手本?

「上手は下手の手本」というのは当たり前のようですが、「下手は上手の手本」というと、「どういうこと?」と思いませんか。
この二つの言葉も世阿弥の「風姿花伝」で見つけました。
まずはびっくりしたのがその考え方です。普通は上手な人が下手な人の芸を見たら、できていない所を指摘して注意したり、人によっては馬鹿にしたり、ということが多いと思いますが、世阿弥の考えは違います。
「どんな下手な人にも必ず一つ二ついいところはあるものだ。それを見つけて盗み自分のものにしなさい」
と上手な人に慢心を諌めているのです。
「上手は下手の手本」の意味も思っていたのとは違いました。上手な人の芸を手本にするのは当たり前と思ったのですが、そうではありませんでした。
「どんなに上手な人でも失敗することがある。そんな時、あんなに上手な人でも失敗するのだから未熟な自分はもっと気をつけなければいけないと自分に言い聞かせなさい」
上手な人の失敗に安心せず、謙虚に自分を戒めて修業を重ねるようにと言っているのです。
上手と言われても慢心せず向上心を持ち続け、下手であっても謙虚に努力しなさい、という教え……本当にすごいと思いました。

昔からよく知っている諺に「弘法も筆の誤り」「猿も木から落ちる」「上手の手から水が漏れる」というものがあります。当然「どんなに上手な人でも失敗することはある」という意味には捉えていましたが、そういう場面に遭遇しても「完璧な人はいないよね」くらいで、かえってホッと安心したりしていました。
また、それほど良いと思えない演技では悪いところばかりが気になってしまい、良い所を見つけるというのはなかなか難しいものです。
なかなか世阿弥が言うような次元で自分に厳しくすることはできませんが、舞台でも日常でも、時々自分に言い聞かせたいと思う言葉です。

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