私達が日常で鏡を使うときは、素の自分を何かしら装うときです。
お化粧をしたり、着物を着たり、洋服が似合うか確かめたり、必ず目を使っています。身につける外的なものは鏡で見ることで安心できます。
他に装いと関係なく、姿勢を正しくしているか、鏡に写すときもあります。鏡は姿見というくらい、やはりその時も鏡の中の自分が良く映るように目で見て、普段より背筋を伸ばしたりして自分を作っています。相当意識をしていないと、鏡を離れ日常に戻れば、癖になっている元の体勢にもどってしまいます。
本当に姿勢や構えを直そう思ったら、鏡で見たいと思う姿になるように、普段から意識して、自分の体の中から感じて直さなければ、素の自分の姿は変わりません。
私も昔、いろんな癖がありました。普段から右肩が下がり気味、やや猫背、舞うときもサシ込みやサシという型で右手を上げると顔が右に寄る、など。写真やビデオを見て、「真っ直ぐしているつもりなのに…」と落ち込みました。
接骨院の先生に真っ直ぐ立っているつもりのとき、
「ここがあなたの真っ直ぐですよ。これだと右肩は下がっていません」
と直され、わかったつもりでいても日常に戻るとやはり同じ。意識しない姿は変わらないのです。
ある時思いついて鏡の前で目を瞑り構えてから目を開きました。少し右肩が下がっています。腰からグッと背骨を伸ばすと直りました。何回も繰り返し目を開けたときも肩が下がらないようになるのにどのくらいかかったでしょうか。
次には目を瞑ってサシ込みという型をするつもりで右手を上げてみました。顔が少し右によります。何もしなければ構えは崩れないのに手を上げる動作をすると崩れる…。背筋を伸ばしたつもりなのに手を上げたことで首筋が曲がる。腰からの動きが首から腕に繋がってない…。
何度も何度もやっているうちに気が付きました。目を開けたまま顔が動かないようにして手を上げようとするとスッとは上げられません。楽に上げると肩が前に出た瞬間顔が右に引き寄せられるのです。肩を動かさないように手を上げるには、肩甲骨をグッと横に張り、肩の線を動かさないようにしなければなりませんでした。
その状態で手を上げると、腰にグッと力が入りました。そこから鏡の前に立ち目を瞑ってその体感を感じて腰から繋がったように意識して手を上げると…目を開けても顔が動いていませんでした。
それから他の動作、型を直すときにもそういう稽古をするようになりました。
「そうか、動かす手や足が腰と繋がって初めて型が崩れないんだ」
そう気がつくのに何年かかったでしょうか…。
お稽古のときお直しするときに「腰から動いて!」と皆さんに言うようになったのも、能エクササイズで立ち居にも運びにも「腰から動くように」を取り入れたのもそれからでした。
〈鏡を使った稽古の仕方〉
目を開けて鏡を見ると最初から自分を作ってしまうので、まず目を瞑って自分が真っ直ぐ立っている感覚で自然に立ち、それから目を開ける→真っ直ぐでなかったらそれぞれの癖を修整→その時の体の感覚をしっかり感じる。改めて目を瞑りその感覚を思い出して姿勢を整え目を開ける。何回も繰り返すことで、初めからその姿勢が取れるようになる。
仕舞の型を直すときも同じ。ただ鏡を見ながら型を作る稽古をすると、表面にだけ目がいってしまって、腰から気が離れ、かえって崩れることにもなる。
構えや型を直したいときは、まず自分が理想とする型を目に焼き付け、まず目を閉じて腰から始めるようにしてその型を作る→目を開けて違っていたら修整→その時の体の感覚を覚える。繰り返しやってみて違和感がなくその型ができるように。
腰から動いたときの体感を覚えると、もう鏡に頼らずいつも「腰から動く」を意識することで型が決まってきます。
謡を謡う時にお腹を感じるように、舞を舞う時は腰を感じる。大事なことだと思います。