謡の稽古と腰の痛み

いつものことですが、私が稽古のときに皆さんに一番注意をするのは構えです。謡でも舞でも、「前に掛かって」「骨盤を立てて」「腰から始めて」などなど…。
ある時、発声の稽古を始めて間もない方が、稽古が終わったあとに椅子から立ち上がって、明るい顔で言われました。
「腰の痛みがありません!」
その方はこのところ腰の痛みがあり、腰掛けての仕事で立ったり坐ったりが辛かったのだそうです。ぎっくり腰のような感じだったのでしょうか、立っているのは大丈夫なのですが腰掛けるのが辛かったと。
稽古に行くのもどうしようか「立ったままで稽古は無理かな?」などと考えていらしたけれど、言い出せずに稽古に入られたのだとか。
何も知らない私はいつものように、「顔を前に出さないように」とか「骨盤を引き上げて」とか「腰でお臍を押すように」などなど構えのことばかり注意していました。
30分ほどで稽古が終わり立ち上がったその方は
「腰が痛くない!」
と言われました。
「椅子から立ち上がるときにいつも腰が痛いので、すごく怖かったのだけれど、すっと立てて痛みがなかった。ビックリです!」

私が去年腰を痛めたときの話もして、
「謡や舞の構えは腰の痛い時には使えますよ。動作をするときは意識して腰を立てたまま動くと痛みません。もちろん緩めると痛いので、治るまでは無理をしてはいけませんが、構えを身につけるにはいい機会かもしれませんね」
と伝えました。
「腰が治ってからは、その構えを長い間していることによっての違った痛みも出ると思います。それは今まで使ってなかった腰を立てようとするために使われる筋肉が、急に使われたための筋肉痛ですから、その時は緩めたり捻ったりというストレッチをしてほぐしてください」
ともアドバイスをしておきました。腰回りの筋肉を使うこととほぐすこと、それが習慣化されれば姿勢も良くなり、自然に声も良くなるはずです。
その方は
「腰を痛めたことで、いい経験ができました。思い切ってお稽古に来てよかった」
と明るい顔で言われました。私も
「転んでもただでは起きない、ですね」
と言い、二人で笑いました。
その方は、声を体に響かすことに苦労してらしたのですが、もしかしたら今度のことで何か掴まれるかもしれません。思いもかけない嬉しい出来事でした。

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