「休め」の体勢

毎年拝見に伺う能公演で、いつも開演に先立って歌人の馬場あき子先生が解説をされます。立ったまま30分ほどお話しをなさるのです。
90歳を過ぎていらっしゃるのに、お着物姿で楽々と立ってとても楽しい解説をなさると、颯爽と退場されます。
若い頃から喜多実先生について能を稽古なさっていたと伺っていたので、お声も通りお元気なのもさもありなん、と思っていました。

二年ほど前の公演の時、あることに気づきました。お話しをしながら右足、左足と重心を変えられるのです。それもとても自然に…。

先生の新作能に参加させていただいたこともあり、以前からお目にかかるとご挨拶はしていました。たまたま休憩時間にお目にかかったので、つい伺ってしまいました。
「先生、お話しをなさる時重心移動をなさるのは意識してなさっていらっしゃるのですか?」
と。すると
「そうよ。両足に重心をかけて同じ体勢でいると、固まって動けなくなるじゃない」
当たり前でしょ、という感じで仰ったのです。私は「さすが、能を体現なさっている」と驚きました。

能は「重心の移動の芸術」とも「片足の芸術」とも云われます。どんなときも両足に重心を乗せたままにしないのです。じっと動かないときも右重心で立っています(流儀で逆の場合も)。足の運びもいろんな型をするときも、その状態で上半身を安定させていなければならないので、重心移動はとても大切なのです。そのために能楽師は足腰を鍛える必要があります。
前に「片足立ちの効用」というブログにも述べていますが、私も片足立ちのトレーニングを毎日しています。

最近そのことに繋がる、整体師の方の記事を見つけました。その中に、人間が立っているとき、いちばん楽な最高の姿勢は号令での「気をつけ」「休め」の「休め」の姿勢だというのがありました。
ただ楽を勘違いしてはいけない、本当に全身の力を抜くような「休め」ではなく、体に一本芯を通すような「休め」なのです。
人間は重い頭が一番上にあり、頭を定位置に真っ直ぐ立つには、全身の筋肉を前後左右上下に引き合い緊張させて骨格を支える「気をつけ」の姿勢が必要になる。ただ緊張をし続ける姿勢は長い時間は絶えられない。その時に片足を斜め前に出し「休め」の体勢を取る。全部を緩めたら頭を支えて立っていられないわけだから、片足を斜め前に出した時、後ろの足に6〜7割の体重をかける。足幅ができたことで安定するので、後ろの足の膝を真っ直ぐに伸ばし、椎間板、背筋を伸ばすと、体に一本の芯ができて真っ直ぐに立てる。疲れたら足を変えて同じ体勢を取る。それを交代に繰り返せば引合って均衡を保っている筋肉の緊張を緩和し疲れずに長く立っていられるし、腰や膝にも負担がかからない。
それがリラックスできる「最高の立つ姿勢」だというのです。
大事なポイントはひとつ、「気をつけ」「休め」どちらの体勢のときも「お尻の穴を緩めない」こと、言い換えれば「骨盤を締めること」。そうすれば自然に背筋は伸び、お臍の下の丹田に力が入り、その体勢を繰り返すことで体を整え、肩や腰などの不調も治るということなのです。私がこのところ意識している「骨盤を締める」としっかり繋がります。

馬場先生の重心移動は自然にそれをなさっていたのだな、と思いました。
先生は80歳を過ぎるまで老いを感じられなかったそうです。82歳の時に能をお辞めになったそうですが、自分の舞う写真を見て姿勢が悪いと感じ、これからこんな写真が残るのはいやだ、と思われておやめになったのだとか…。
お話の中にこんな言葉もあります。
「体は衰えても魂はそのまま。老化が怖かったら足腰を鍛えなさい」
能をお辞めになっても、足腰を鍛え姿勢を正し、歌を創り続けていらっしゃる…。

一つの記事から思い出した二年前のお姿でしたが、現在95歳でも矍鑠としていらっしゃる先生の生き方を手本にしたいな、と改めて思いました。
そういう思いもあり、リラックスできる「最高の姿勢」だという「休め」の体勢と重心移動、長く立っていなければならないとき試してみようと思います。
自分で試してみて納得できたら能エクササイズでもお勧めするつもりです。

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