「腹」を考える 2

「声の道場」では皆さんに「腹」を感じていただくために、これまでいろんなことを実践してきました。
最初の頃は、和の構えで下腹に手を当てたまま、ゆっくり深く腹式呼吸を練習し、体に息が入ったところで息を止め、そのまましばらく我慢してもらい、膨らんだお腹がだんだん固くなるのを感じてもらいました。
次にその状態で軽く声を出すことを練習、うまく長く安定して声が続く時は、声とお腹が繋がったような感じがあるのを体感していただき、それが「息の根」だという言い方をしていました。正にそれが「腹」の在り処なのですが、場所がわかったとしても、腹からの声を出すためには、もっともっと鍛錬が必要になります。
最初はまだまだ呼吸筋が育ってないので、息を詰めることができず、体に溜められる息はわずかです。ですから大きな声を出すと声と一緒に息が口から抜けてしまい、声は体に響かないのです。当然お腹に負荷はかかりません。かえって小さい声やヒソヒソ声のほうがお腹を使うくらいです。
稽古をしている本人にはなかなかその違いはわからないので、なかなか簡単には呼吸筋を鍛えることはできませんでした。

森山良子さんの取材記事で、彼女が高い声を出すために上を向き新聞紙を裂きながら声を出す練習をした、というのを読んで、西洋の声楽との息遣いの違いを考え、謡だったらどういう方法があるかを模索しました。
そして、正座をして構え、膝のところでタオルのようなものを両手で掴み、思い切り横に引きながら声を出すということを試してみました。息が詰まり下腹に力が入ります。謡のトレーニングとしてはこれかな、と思いました。
能は武家の式楽として長い間培われてきたので、武道と相通ずるものがあります。しっかり息を詰めなければ力が出ない。逆に言えばしっかり息が詰まっていれば力が出る。その状態を作って声を出せばお腹を感じられるかもしれない、と思ったのです。

自分でやってみて、次の稽古ではお弟子さんたちに試させてもらいます。なかなかタオルを強く引っ張ることができません。引っ張れても声を出そうとすると緩んでしまう。なかなか引っ張ったまま声を出すことが難しい。それでも何人かには感覚がわかってもらえました。
それを謡に活かすのには何度も繰り返して稽古しなければ自分のものになりませんし、意識が抜けるとすぐ元に戻り、効果はなくなってきます。筋トレやウォーキングなどを日課にして、目に見えるところの筋肉を付けようとすることは誰にでもあると思います。その時でも筋肉がつくまでには時間がかかり、しばらくさぼっているとすぐにもとに戻ってしまいます。それと同じなのです。

お腹の力となる呼吸筋は目に見えませんし、息を溜めて声を出すことでしか鍛えられません。体を動かしてのトレーニング以上に意識していないと日常生活では鍛えられない筋肉なのです。
ただ外側の筋肉と違って、一般的には若い頃からあまり使われず筋肉疲労がない呼吸筋は、歳をとって声帯が弱り声がかすれるようになっても、まだまだ鍛えられる筋肉なのです。
声帯は歳をとっても、呼吸筋はまだまだ若い。鍛える(お腹の力を付ける)ことによって、声帯に無理させず声を強くすることは可能なのです。それが呼吸を深くし、健康に繋がる。歳をとっても伸びしろがあるのは、すごく嬉しいことだと思います。

その後も、「いろは……」を使ったトレーニング(仰向けでイロハ参照)や、外国人に和の発声を体験してもらうワークショップのときに考えついた、ハミングを使った稽古法(ハミングでのチューニング参照)など、いろんなことを思いつき、呼吸筋を鍛える方法を実践して「腹からの声」を身に着けていただこうと模索しているところです。

実はこの頃また、なかなかいい方法が見つかり、現在「声の道場」や「能エクササイズ」で試しているところです。
次回はそのことについて述べたいと思います。

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