「能の構え」は上半身を動かさないで身を運ぶ安定が必要なので、「腰を入れる」ということは不可欠です。その際、前重心で下方へ安定させる下半身に対し、上半身には腰から上へ伸びようとする下への抵抗が必要です。上半身はただ腰に乗っているだけでなく、「重心に逆らって上へ伸びる力」がなければ構えは成り立たないのです。これはただ体の力を入れるということではなく、構えには腰を中心に上下左右前後への引き合うバランスが必要ということなのです。
能には「猩々」や「鵺」など、波の上を動く様子を現す、爪先立って動いても安定していなければできない運びがあります。ただ爪先立つだけではフラフラ。それは腰まで伸びてしまって構えが崩れるためです。安定した状態をそのまま引き上げるためには、腰の状態を変えずに爪先立たなければなりません。しっかりした構えを崩さずに体を持ち上げるためには、まず体の中心(腰)を決めたまま動くということが大事になります。
爪先立たなくても、もともと能の動きをするための構えには腰から上下左右前後への均衡が必要ですが、どうしても安定を求める下方へ気が取られるため、上へ張る意識が足りない場合が多いように思います。それは上への意識が足りなくても、下半身の安定で、ある程度動けてしまうということがあるからではないでしょうか。けれども腰から上への引上げを忘れていると、重力に負けて背筋が緩んでしまったり、膝が曲がって腰が落ちてしまったり。特に歳を取り、体組を支える筋力が衰えると上半身、特に頭の重みがそれを助長して姿勢が悪くなっていく。少しでもそれを防ぎ良い構えを保つためには「骨盤を締める」筋肉を鍛え、重力に負けないで上に伸びるための筋力を持ち、上下のバランスを崩さないことが大事なのではないかと思い至りました。
面装束をつけての能を舞わなくなった私にとって、ややもすると体が緩みがちになります。骨盤を締めて上に伸びる意識はなお一層必要なものだと、自分に言い聞かせています。
能ほど顕著には顕れないかもしれませんが、日常的にも同じことが言えると思います。だんだん歳を取ると背が縮むといいます。それは上への意識がない場合、筋力が衰えることで上半身が沈み、姿勢が悪くなっていくことが大きな一因になっているのではないか、そう思うのです。
「歳をとってもスムーズに動く体を維持するために骨盤を締めることを意識する」のは、とても大事なことかもしれません。
腰掛けていて立とうとすると一度前に重心をかけて「ヨッコイショ」となる人が多いように思います。これまでも「能エクササイズ」では腰掛けた時に少し重心を前にして背筋を伸ばし、立つときは腰を上に引き上げるようにするとスッと立てると教えてきましたが、このところの経験から「骨盤をしめてから立つ」ことを試してみると、腰から立つ感覚がよくわかり、もっとスムーズに立てることがわかりました。
また、能エクササイズで背筋の歪みを直すため、上で手を組み爪先立ってぐっと上に伸びるエクササイズをすることがあります。なかなかスムーズに安定してできない人が多いのですが、これもまず骨盤を締めてから上に伸びると安定してできる事も発見しました。
いろいろ試してみると、「腰から動く」ということは「骨盤を締めてから動く」ということに他ならないというのが、はっきりわかります。腰の位置がわからないという人にも、それを教えてくれる動作なのです。
腰掛けた状態で骨盤を締める動作を繰り返してみる。そして締めた時の状態(骨盤が立った状態)で立ち上がることをためしてみてください。
腰掛けたまま、「骨盤を締めたり緩めたり」してみます。いつでもどこでも目立たずに簡単にでき、お尻の筋肉を鍛えることもできる、一石二鳥以上のエクササイズです。
「能エクササイズ」でも骨盤周りのエクササイズをもっと増やしていきたいと思っています。