体で何か習得するということは、まずは「真似」に始まると思います。
赤ちゃんが言葉を覚えるのも、まずは自分の相手をしてくれる人の口の動きの真似からです。最初の言葉が自然音のアーに簡単な開け閉めをするだけのp、m、bの子音が付いて、その繰り返しでパパ、ママ、バーバなどになるのも頷けます。
少し大きくなって体ができていく過程では、見よう見まねでいろんな動きや道具を使うことを覚えます。日常生活以外での趣味、仕事としての技術の修得となると、いよいよ本格的に真似が必要です。
特に日本では芸道、書画などは、言葉で教えてもらうことよりもまずは師匠や先人の真似、模写などから始まります。職人と言われる方たちの修業も同じです。師匠や親方の芸や仕事を、何度も何度も繰り返し見て聴いて真似る、その過程で息遣いや技術を覚え、自分の物にしていくのです。「芸を盗む」「息を掴む」とはそういうことだと思います。頭ではなく体で覚えることが大事なのです。
とはいっても子どもの頃から修業をする人はそれが当たり前でも、おとなになってその道を志そうと思ったら、「体で覚えること」は容易ではありません。それまでの生活でいろんな癖が付いていたり、考え過ぎたりして、自然な体の動きができないことが多いからです。いろんな事を頭で納得して、自分の体に覚え込ませなければなりません。そのために自分の体を知るところから始めないと、真似をすることそのものが難しいとも言えます。それでも一生懸命、師匠や親方の真似をしようと日々努力をしていると、自分の課題が見つかり、考え研究し改善のための稽古をする、その繰り返しの過程を経て初めて自分の形ができあがってくる、それが個性になるのではないでしょうか。それが、始めは形だけを真似ていても、簡単に表面を写しただけではない、内面の伝承に繋がるのだと思います。
能の家に生まれ、子どもの時から体で覚える修業をしてきた方たちに比べ、若いとはいえおとなになってから能を始めた私は、人一倍真似と稽古が必要でした。まだまだ未熟ですが、素晴らしい先生方に出会えて、憧れを持って真似ができたことを本当に幸せだったと感謝しています。
文中の歌は 山村庸子 能の五行歌集「能のひとひら」より