「この能は、“こうやろう”と思ってできる能でもないし、“どうやったからいい”という能でもないんだ。いままでの集大成と思ってしっかり取り組みなさい」
会の一ヶ月前、師匠に「東北」のお稽古を見ていただいたときにいただいたお言葉です。
稽古をしていて、本当に自分に基本ができているかどうかが試されるような曲、到達点のない能そのもの、という曲だということがよくわかりました。
それからの一ヶ月は、緊急事態宣言が延長され、もしかしたら会が延期になるかもしれない、という状況でしたが、「もしそうなったらその分稽古ができる」とポジティブにとらえ、自分なりに頑張ってきました。幸いなことにイベントは緩和され入場者50%での開催が可能になり、予定通り舞えることになりました。
そして申し合わせ……
「あなたのは理屈っぽくってつまらない。もっとほっこり舞いなさい」
それがお直しでした。
「一生懸命が表に出てしまった結果なのかもしれない。もう手も足も出ないから何も考えず、素直にやろう」
その結果、当日はところどころ謡が違ったり、うまく行かなかった部分もありましたが、それが今の自分の力なのだと受け入れることができました。きっと「東北」は演者にそう思わせる能なのだろうなと納得し、難しいけれどやっぱり私の好きな能だった、舞えてよかった、と改めて思いました。
そして一番嬉しかったのは、見所との一体感でした。二週間前に国立能楽堂の公演があり、地謡ではありましたが、無観客での公演を経験したこともあったのかもしれません。お客様が真剣に見てくださっている空気に包まれて舞台が成り立っていることが、そしてその空気に舞わせていただいているということがよくわかりました。
会終了後、反省しきりの私に、メールやラインで温かいお言葉をたくさんいただきました。野球のヒーローインタビューではありませんが「お客様の応援でどうにか舞うことができました」というのが正直な気持ちです。
大変な状況の中での公演にいらしてくださった皆様に、心から御礼申し上げます。