私は母が和服中心の人だったので、若い頃から見様見真似でよく着物を着ていました。ですから仕舞のお稽古のときは、着流しで出かけてお稽古場で自分で袴を付けてお稽古していただくのが当たり前でした。
玄人になると、素人会で出演なさる方の着付けをして差し上げることも多くなりました。自分が着るのと違って、おひとりおひとりの体型の違いや構えによって、着せ方を変えなくてはいけません。また、普段着付け教室で教わるような着付けをしても舞台では仕舞の良さが損なわれてしまいます。
長い間お稽古をしての発表会、着付けでその見栄えが変わってくるとなると、楽屋での着付けの仕事もとても大切だと思うようになりました。
「どう着付けると舞台の姿が美しく見えるのか」随分研究しました。
能の時に楽屋で装束付けを見せていただくのはとても参考になりました。紐一本でも、前で締めず後ろで締める…前で締めると息が苦しくなるのです。着流しと大口(袴)の時の着け方の違い、帯や衿合わせの角度などなど、装束付を教えていただきながらも、素人の方の着付けに役立つことも随分取り入れさせていただきました。
私にとって袴で舞うのはいつものことでしたから、人によって違うとはいえ、ある程度感覚がわかります。問題は着流しでした。私達玄人は能以外は紋付袴でしか舞を舞いません。
着流しといっても自分が普段に着物を着るときの着付けともまた違うのです。
女性の素人の方には着流しで舞う方も多いのですが、美容院などでとても美しく着付けていらっしゃる時もあります。ただ、そのまま能舞台に立たれるとどうも馴染まない。能の曲としての雰囲気が出ないのです。
女性の一般の着流しの着付けは襟をぬくことが多く、それで舞台に立つと日本舞踊のようになってしまいます。かといって袴の時のように襟と首があかないようにすると、袴の背板より帯の位置が高いため腰からの線が見えず、背中が丸く見えてしまう。また、能の構えは前に掛かっているので、普通の着流しのように着て構えると、裾の後ろが上がり逆に前は下がって足が見えなくなってしまうのです。舞が上手な方ほどそれが顕著になります。着付けをする人がそのことをわかっていなければ、どんなに上手な人に着付けてもらっても舞台では馴染まないのではないかと思います。
お稽古をなさるのは女性が多く、特に着流し姿は男性にはない女性独特の魅力となります。能で着流しの装束付で舞うものを、女性独特の着流し姿で舞うというのは、一つの魅力でもあります。それを引き出すにはどうしたらいいか、試行錯誤していました。
「こころみの会」を始めた頃は、そういうことを研究していたこともあり、自分でも着流しで舞を舞い、実際にどう着付けたら能を表現するのに相応しいか、袴のときと襟元をどう変えたらいいか、いろいろやってみました。
また、素人会では自分が着付けをしてあげた方の舞台姿もなるべく拝見するようにしました。楽屋でよく着付けられたと思っても、舞台での構えがその時と違うと、まるでいい形に見えないということもあったからです。
今は着付けるときに
「いつもお稽古をするときの舞の構えをしてみてください」
とお願いしてから着付けるようにしています。
もう一つ大事なのは補正です。着物は体をなるべく凹凸のない状態にして直線の美しさを大事にします。能の装束付けでも最初の補正はとても大事です。最後の姿に違いが出てきます。同様に着物や帯の付け方がどんなに上手でも、基礎の補正で形ができていなければ最終形が決まらないのです。何事も「基礎が大事」ということなのですね。
皆それぞれ違う体型ですから、人によってどこに補正を入れたらいいか、それを知ることが着付けの出発点だと考えるようになりました。
私の会のときは、忙しくて自分のお弟子さんたちを着付けてあげることができません。その為に稽古の中に「仕舞のための着付け教室」を取り入れ、着物と袴の着付けも教えるようにしました。特に自分の補正をどうしたらいいか、それだけは覚えてほしいと思っています。それがちゃんとできていれば、あとの着付けは誰かに手伝ってもらっても上手くいくと思うからなのです。コロナ禍で着付け教室も随分お休みしています。また始められますように…。