マスク時代の伝わる声

先月、またまた緊急事態宣言の中、新宿朝日カルチャーセンターで「マスク時代の伝わる声」の講座を受け持たせていただきました。
自粛期間でもあり、五輪真っ只中、また猛暑の中集まってくださった皆様に、声の出し方だけではなく、何か健康のためになる「体の気づき」をお土産に持って帰っていただきたいと、体験実践のやり方をいろいろ考えていきました。もちろん私も受講生のみなさんも、1時間半マスクをつけたままの講座です。

まずいつものように、姿勢の大切さと、その効能のお話をし、正しい姿勢で腹式呼吸と体に息を溜める稽古をしました。息を出し切って自然に入って来たところでお腹が凹まないように息を止めます。しばらくそのままにしていると下腹が固くなってくるので、それを確認していただきます。
私はいつも「下腹は肺のバロメーター」と言っています。肺は手で触れませんが、肺に息がしっかり溜まっているとき、下腹はそれを下支えしてグッと下に向かって張っていて、それは手で触って感じられます。言い換えれば下腹にある呼吸筋がしっかり働いて肺に息が溜まっているのが下腹を触ることでわかるわけです。

その後、息が溜まった体を楽器にして胸や後頭部などをハミングで響かす、体の自然音のチューニング。そして誰でも知っている、和の音階の歌をハミングでみんなで奏でます。このへんまで来ると皆さんお腹が使われていることを感じられるようです。
今回は「さくら」の他に五輪にかけて「君が代」を和のハミングに使いました。

いつもこの後にそのまま息に言葉を乗せて歌にしようとするのですが、子音を使う声にすることによって息が口の方に抜けてうまく体に響かないことが多いので、今回はその前に新しい体験を増やしました。「日本語はあまり口を縦に使わなくても話せる」ことをわかっていただくための方法を考えたのです。

まずは他の国の言葉と比べて「日本語を自然に話すときはあまり顎関節を縦に使わない」ということを説明と体験(顎関節を触ったまま日本語で 声に出して数字を数え、その後英語、フランス語など外国語などでも数え顎関節の動きを確認)で理解していただきました。そして顎が縦に開かないように歯を噛み締めたまま(唇は自由に動かせる状態)「ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ……」と体の中に響くように発音していきます。口先で言おうとするとはっきり発音できないので初めは難しく感じられるようですが、1音ずつその状態で奥の方ではっきり発音していくとうまくいきます。体に溜めた息をしっかり遣うので、いつもと違う何かをお腹に感じられたようです。それと共に、口のなかでどの部分を使って子音を発音しているかがよくわかるようになります。

これをしばらく稽古してから、そのまま早口言葉を言ってみたり、ことわざや格言で誰でも知っているような文言を言ってみたりしました。そう簡単には言えなかったと思いますが、私がそれらを言うのを聞いて、口を大きく開けてはっきり話すよりも、体の中で響かす話し方の方がスムーズに発音でき、言葉として相手に伝わるということを納得していただけました。本来の発音はもちろん少しは口を開けるのですが、一度腹話術のようにしてみると、わかることがあるという体験でした。私が面(おもて)をつけて謡を謡う能楽師だからこそ思いついた「息の中に文字を言い放つ」発声法なのです。

長年稽古をして培われるお腹の力ですから、1時間半程ですぐに結果が出るわけではありませんが、どうやら姿勢が大切なことと体に声が響く感じは皆さんに体感していただけたようです。また和の発声、発音に興味を持っていただけて、マスクをしていても本来日本語はきちんと話せるということも理解していただけたようでした。

この講座に参加してくださった方や、このブログを読んだくださった方が、これからの日常生活でまだまだ外せないマスクをきっかけに、姿勢への意識を持ち自分の体に響く声を感じていただけるようになると嬉しいです。それは呼吸筋を使い息を深くすることにもなるので、間違いなく健康に繋がります。猛暑の中でのステイホーム。運動不足の解消にも、免疫力アップにも役立てていただけるのではと思っています。

今回の講座は、私にとっても新しい稽古方法が見つかり、皆さんに理解して体験していただけたことで、とても楽しい講座となりました。

(注意)

歯を噛み締めて発音練習をするときは顎、首、肩に力が入らないように。軽く噛みしめれば顎は自然に引き付けられます。肩に力が入るとお腹と繋がらなくなるので効果がありません。声も大きい必要はありません。軽く体に響けばいいのです。

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