随分昔に梅原猛先生の「古典の発見」という本を読みました。 その中に日本の文化と西洋の文化を対比して論じられている部分がありました。塔や柱、建築物を例に取り、上へ上へ上る思考の西洋の文化。下へそして水平に広がり安定を求める日本の文化。それを「縦線文化」「横線文化」と表現され、とても納得がいきました。
西洋と日本の有名なお城や寺院を比べてみてください。日本のお城やお寺・神社は下へ横へと広がりとても安定感があり、横線が多く感じられます。それに比べ西洋の建築様式は上へ上へ向かい、縦線が目立ちませんか?
古来から演じ続けられている能とバレエの動きの比較もそのまま当てはまります。重心を低く板を削るように水平に押し進む能。軽やかに上に弾むように歩くバレエ。飛ぶときも上に飛ぶよりも着地の安定を重んじる能。いかに上に軽やかに飛ぶか体重を感じさせないかが求められるバレエ。他にも謡と声楽、声明と賛美歌、琴とハープなどなど、音楽の響きにもその特徴は顕著です。
建築物(住居)とも深い繋がりがあると思われる生活習慣(座位中心の日本、腰掛け中心の西洋)またその影響を長い間受けたと思われる、重心の低い昔の日本人の体と、腰の位置が高い西洋人の体の特徴、どれをとっても「横線文化」と「縦線文化」に当てはまると思いませんか?
声の道場で和の発声と洋の発声を比べたときも、口の開け方・顎の使い方が和は横、洋は縦であり、遣う息の方向も体の特徴のままに、和の響きが引く息に乗って後に向くのに対し、洋の響きは上に突き抜けるように昇るのがわかりました。これも「横線文化」と「縦線文化」の考え方に当てはまります。
日本は昔から大陸から入ってきた文化を上手に受け入れ、奈良・平安・鎌倉の時代を経て室町時代には独自の文化に熟成させました。長い鎖国の間にもますますその独自性が培われてきた島国日本も、この100年あまりで海外との交流が進み生活習慣が急激に欧米化されてきました。日常生活に和のテイストが無くなってきたその結果、「横線文化」は、日本文化の代表的な物として特別扱いされるものにかろうじて残るだけになってきたように思います。
日本間の無い家も増え、「鴨居」や「敷居」「欄間」と言ってもほとんどの子どもがわからないと聞きます。落語に出てくる言葉も子どもには説明がいるようです。体も手足が長く重心が高い(いわゆるスタイルがいい)欧米人に近づき、最近では正座ができない子どもも多いといいます。
能・歌舞伎・文楽などが世界無形文化遺産として指定されていますが、遺産としてだけでは無くこれからも脈々と生き続けてほしい、と私は願っています。
そのためには、これからの日本を担う人たちに、もっともっと自分の国の文化を知って、体で感じて、誇りを持ってほしい、そこから本当の国際交流もできるのではないかと思うのです。
日常に少なくなってきた「横線文化」を若い人に感じてもらうには、意識して和の生活を体験する場を作るしかないかもしれません。子どもの頃に和の生活を体験した世代はもう少なくなってきました。私を含めその世代の人は、不便な中にも日本らしい良さのあった頃のことを、楽しい思い出として少しでも次の世代に伝えるのは大事なことだと思います。
いろんな思い出話をしてほしい。この頃あまり聞かなくなった日本の昔話を子どもに読み聞かせてほしい。「それ何?」という子どもの問いにたくさん答えてほしい。そういうことで疑似体験を少しでもさせてあげられたらと思います。
和の生活を垣間見ることができる、武道・茶道・華道・能・邦楽などの稽古事は、「横線文化」を感じられる数少ない場でもあります。多くの人にその稽古を通じて日本人としての体を感じてほしい、教える側もそういう立場にあることを意識してほしい、そう強く思うのです。