前に子供たちに本物の能狂言を見せるための巡回公演の一環で「小学生の謡体験」を受け持たせていただいたことを書きましたが、今度は中学生相手に謡体験をしてもらう機会をいただきました。
能の前に限られた時間の中で10分ほど、人数は1年生と2年生300人くらいです。小学生相手の時は1年生から6年生までで理解度の違いもあり、謡というよりは「体に音を響かす」ということを主体に時間を使いました。
今回は300人と大人数ではありますが、理解度がほとんど一緒の年齢なので、能の脚本朗読ともいうべき謡は「音楽ではなく日本語を自然に語ること」だということを感じてもらおうと思いました。
テキストに言葉の掛け合いのある謡が選んであったので、まずは素読みをしてもらうことにしました。私が一句読むごとに付けて読んでもらいます。テキストには謡本のコピーの下に、読みやすい活字体に直したものが載っています。大きな声で読んでもらうと一字ずつになり言葉が語れないので、スラスラと朗読のように…。
生徒たちは体育館座りをしていました。最初にその体勢のままにやってみました。「モジョモジョ……」言葉がまるで聞こえません。そこで、
「まるで何を言ってるかわかりませんね。今の座り方ではそうなるのは当たり前なのです。ちょっときついかもしれないけど正座をしてみてくれるかな?」
「背筋を伸ばして顎を引いて。もう一度やってみましょう」
そう言ってまた私が一句読みました。するとどうでしょう。生徒たちの声の大きさは変わらないのに、今度は言葉がはっきりと粒立ち、とても自然に聞こえたのです。違いは歴然でした。
「そう、すごく上手な朗読になりましたよ。その調子で続けましょう」
その後、謡のせりふとして言うことも経験してもらいました。最後に男子生徒と女子生徒に分けて、シテとワキの掛け合いをしてもらったところで時間となりました。
まとめとして、背中を丸めていたときは「息が口から出てしまうので口先の声が外に出てまるで体に響かず、言葉として聞こえなかった」こと、姿勢を正して声を出すと「体に息が溜まって、声が言葉として体に響いた」こと、そして「人間の体は楽器と同じで声は体で響いてこそ相手に通じる」ということを説明しました。多分その響きの違いがわかったのではないかと思います。
最後に
「皆さんはこれから受験もあり面接の時の受け答えなど、相手に伝わる声が大事になって来ます。今日の謡体験を活かし、姿勢に気をつけて体に響く声で話せるようにしてくださいね」
と結びました。
謡体験講座であるにも関わらず、「声の道場」のようになってしまいましたが、子どもたちに姿勢を正すことを意識してほしいという、私の願い通りの講座になりました。
それでも「どうだったかな?」と少し心配でしたが、終わって引く時に今回の講座の担当の先生が、手を叩きながら挨拶しにいらしてくださったのでホッと安心しました。
帰りに謡体験講座を楽屋で聞いていたある先生が
「最初の姿勢を直してからの声、違いが歴然でしたね。子どもたちに教えるのにいい方法ですね。今度使わせてもらおう」
と言ってくださいました。楽屋裏からのとても嬉しい反応でした。
いつも「声の道場」では姿勢を良くすることを先に教え、それから声を出す稽古をしています。実は今回も最初に姿勢を正してもらうつもりでしたが、子供たちが体育館座りをしていることをつい忘れてそのまま始めてしまったのです。
「瓢箪から駒」とでもいいましょうか、子供達相手の時には姿勢が悪いままの声を先に出させて、それから姿勢を正して声を出させる方が、違いをはっきり感じてもらえることがわかり、私にとってもいい体験講座になりました。