「腹」を考える 3

長年定期的に通っている接骨院の先生に、
「少し内腿の筋力が落ちている」
と言われ、簡単なトレーニングを教えていただきました。もちろん内腿が鍛えられているのはわかりました。でもそのときに思ったのは
「これは発声トレーニングに使える!」
でした。

そのトレーニングは、

椅子に浅く腰掛け、膝を軽く開いて、腕を交差して手のひらを膝の内側に当てる。背筋を伸ばし、膝を内に向かって締め、それを防ぐように手を外に向けてグッと押す。呼吸と合わせながら繰り返す。


というもの。言わば「膝と手の押し合い」です。背中が丸くなっていると、肩に力が入るばかりですが、腰をグッと立て背筋をのばした状態でやると「ウ~ンッ」とお腹に力が入ります。下腹がグッと前に出るのを感じることができます。グーッと押してから力を抜くと、自然に息が入りまたグーッと押す。押すたびにお腹に力が入る。
これです!このお腹の感覚をお稽古にみえる皆さんにお教えしたかったのです。

「お腹に壁を作って」「息の根っこを押して」とかイメージ作りをしたり、「扇の要を下腹に当てそれを押し返しながら声を出す」「膝のところに両手でタオルを持ち、グッと引っ張りながら声を出す」とか、昔からいろんなことを試しながら、どうやったら皆さんに「腹」を感じていただけるか、を試行錯誤していました。(「腹」を考える 2 参照)

そのトレーニングを接骨院で習った翌日が、ちょうど「能エクササイズ」の日でした。
参加なさった皆さんに、いつものようにストレッチやすり足、基本の型のエクササイズをして、最後に前の日に習ったばかりの、内腿を鍛えるためのトレーニングをお教えしてみました。
思った通り、それだけでも全員が下腹に何か感じてくださったようでした。
「では、今度は膝と手を押し合いながら声を出してみましょう」
「声を先に出さないように」
「口を閉じたまま、ンー」「その状態で少し口を開けてァー」
そして皆が覚えている謡、「鶴亀」の最初
「それ青陽の春になればー」
と進めました。
「お腹が苦しいです」
「下腹が前にグッと出た感じがします」

そうです。それを感じていただきたかったのです。
「お家でお稽古なさる時、声は出さなくてもいいので時々このトレーニングをしてみてください。内腿と一緒に呼吸筋も鍛えられると思います」
ということでその日は終わりました。

翌日も稽古日で、能エクササイズに参加していらした中のひとりがみえました。いつものように稽古を始めたら、まるで謡が変わっているのです。決して大きい声ではありませんが「腹を感じる声」でした。
いつもお家でよく稽古をしていらっしゃる方なのですが、それまではなかなかお腹に力が入らない状態だったのです。本人もびっくりなさったようでした。
「新しい曲に入るところだったので謡の稽古はあまりせず、昨日お習いしたトレーニングをしてました。」
とのこと。たった一晩で「腹」を感じてくださったのです。私の思ったとおりでした。
「これからも続けてくださいね。呼吸筋が強くなるはずです。他の筋肉と違って日常ではあまり使わないので繰り返すことが大事です。お腹の感覚が当たり前になるように」
とお勧めしました。
その日は稽古に見えた方全員にそのトレーニング方法をお教えしてみました。殆どの方が「腹」を感じられたようです。
すぐに実践した方に効果が出たわけですが、感覚がわかっただけで、実際に呼吸筋の筋力がついたわけではないので、その状態でまだ長い時間謡うのは無理です。これからもそのお腹の感じを意識して続けていけるかどうか、がポイントかなと思います。筋力が付けばつくほど息を体に溜めることができるようになり、息の中に放たれる声のボリュームを加減できて、表現力に繋がるはずです。


その後もお稽古に見える方すべてに実践してもらい、多くの人に効果が出始めました。囃子の稽古をしている人で、掛け声の掛け方のヒントになったという人もいました。確かに掛け声もお腹からの声でなくてはなりません。何をするにも和の発声に近づくのに効果的なトレーニングと言えるかもしれません。
膝と手の押し合いを何度もしてお腹に力が入ることを感じていると、正座をしたときに膝に構えた手の指先で膝を軽く外に押すだけでお腹を感じられるようになってきます。「タオルを引く」よりも肩に力が入らず、そのまま声を出すことに繋げられます。
こうやって暫く意識して続けていれば、実際に膝と手の押し合いをしなくても、自分の感覚でお腹を感じて声を出せるようになるのではないかと思っています。

謡十徳の中の
「薬無くして諸病を癒す」
これは「腹からの声で謡を謡ってこそ」なのです。「腹を感じる」ことができれば、間違いなく能の発声は健康な体を作ります。

このトレーニングを「能エクササイズ」の一環に取り入れていこう、と改めて思いました。
謡だけではなく、他の和の稽古事、また朗読やナレーションのために「声の道場」にいらしている方のトレーニングとしても有効ではないかと思っています。

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