書き込みの上手下手

謡を始めたばかりの方のために、一冊に三四曲入っている梅若謡曲教本というものが四巻あります。始めたばかりだとそうそう進まないので、その教本だけでしばらくは新しい本を買う必要はありません。けれども教本が全部終わり、お稽古が一曲ずつの謡本に入ると、人によりますが年に二三冊も購入することもあります。
かなり値段もするので、ときには古書店で求められる方もあります。

古書店で売られている謡本は、当然前にそれを使ってお稽古をしていらした方があり、あまり使ってない物はそれなりにお値段がしますが、使い込まれた本は傷みもあるので、まとめて安価で手に入れることができます。
お稽古に使われた謡本には、ほとんど書き込みがあります。それを見ていると、元の持ち主の方がどういうお稽古をされていたか、どう謡っていらしたかがよく分かります。
私は「言葉で書き込んであるのはあまり見ないようにしたほうがいい」と注意しています。というのは、師匠が謡ってらっしゃるときに言葉で書き込みをすると、書くことに気を取られ大事な部分を聞き損なったりしますし、後でそれを見ても息遣いなどはわからない、そんな書き込みはあまり役に立たないからです。
謡本の節付けはもともと息の遣い方で印が付けてあると思うのですが、集中して師匠の謡を聴きながら、瞬間的に自分にわかるような記号(点や線)で書くようにしたほうが、あとで見てもよく感じがわかるし、その時の師匠の謡を聞き損なわないのです。
実際古い謡本にそのような書き込みを見ると、その方がどのように受け取っていらっしゃるか、その方の師匠の謡がどのように謡われていたか、想像がつき楽しくなります。
仕舞でも謡でもお稽古が終わったあとに、自分が注意されたことを反芻して、別の場所に言葉で書き込むのはとてもいいことですが、謡の稽古で師匠の手本を聴かせていただく場合は、しっかり聴くことに集中し、瞬間的に感覚で書いた記号のほうが、後々見たときには役に立つと思います。
私も初歩の頃はどうすればいいかわかりませんでしたが、少し慣れてきた頃の本の書き込みを見ると、師匠がそこをどう謡われたかが蘇ります。
言葉がいっぱい書き込まれた謡本は、謡いながらそれを読むことはできません。頭で考えると謡えなくなります。
パッと見てすぐに反応できる印を入れられるようになりたいものです。

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