能のすりあし

すり足とずり足

この頃テレビでは健康に関しての番組が多くてよく見るのですが、とても気になることがあります。歳をとって運動不足になり足腰が弱ったときの話が出ると、必ずと言っていいほど
「足腰の筋力が無くなると足が上に上がらず『すり足』になり、躓きやすくなり転ぶことが多くなる」
と言われるのです。

この『すり足』という言葉の使い方は間違っています。『すり足』とは能や相撲に使われますが、しっかり右と左の足に交互に重心が乗って、上半身を安定して進むための運びです。もし片足を払われたとしても、転ばないくらい安定しているのです。もちろんそのまま片足を高く上げたとしても立っていられますし、もし躓いたとしても踏みとどまることができるでしょう。足腰の筋肉が弱って足が上がらなくなり転びやすいという歩き方は『すり足』ならぬ『ずり足』なのです。足腰の筋力が弱り『ずり足』になっている状態だと、片足で立つことも難しく、ほんの少しの段差にも躓きやすくなります。けれども『すり足』の稽古は逆に筋力が付くので足腰の鍛錬になるのです。

私は仕舞をたくさんの方に楽しんでいただきたいと思っています。これまでも仕舞の稽古のために『すり足』はお教えしていたのですが、それと平行して仕舞の行き道もお教えしていました。会などがあるとその曲を仕上げなくてはいけませんから、なかなか基本の『すり足』ばかりの稽古はできず、教えられる方も行き道を覚えることばかりに気がいって、そのうちに変な癖が付いたりすることもありました。

そこで謡や仕舞の稽古とは別に、「能エクササイズ」という時間を取り、仕舞の稽古をしているしていないにかかわらず、誰でも多人数で一緒に『すり足』を経験できるようにしました。他にも「上半身を動かさずに正座から立ち上がる」とか、「片足立ちをする」とか、能に使う筋肉を鍛える動作を体験していただき、終わった後はストレッチもお教えしています。仕舞のために参加する人もいますが、体のために始める人もいます。そこから仕舞を始めたくなる人もいますし、仕舞は稽古しないという方にも転びにくい体を作るきっかけになればいいかなと思っています。謡しかしていない人も、謡の声を作るためには構えと腰を意識することが大事なので、『すり足』の稽古は効果的です。

『ずり足』にならないために『すり足』の稽古をする。これを提唱したいと思っています。

『すり足』の凄さを詠んだ私の五行歌です。

板を 削るように 進む 白足袋が 空気を変えてゆく/形残らぬ 美を 創り続ける 足の 運び
山村庸子 能の五行歌集「能のひとひら」より

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