「すり足とずり足」の回で述べましたが、「能は重心の移動の芸術」と言われるように、能楽師には安定した構えで重心を移動する「すり足」での運びが不可欠です。能はその動きと深い息遣いの謡で舞台が作り出されて行きます。そのため常日頃から腰を中心とした「構え」と「すり足」の稽古を怠ってはいけないのです。基本ができていなければ、どんなに素晴しい型も成り立ちません。長年稽古を積み重ねる中で自分の重心を移動する感覚を掴まえていくのです。繰り返しの稽古の中で「体で覚える」というのが本筋だとは思うのですが、私はおとなになって能の世界に入ったので、ある程度の理屈を考えなければ無理でした。その中で「すり足の運び」に必要なトレーニングに行き着いたのです。それが「能エクササイズ」でした。
玄人の稽古のようにはいきませんが、お弟子さん対象の「能エクササイズ」を始めて、その中で一番の中心においたのは「片足立ちが安定してできるようになること」でした。フラフラせずに片足で立ち、安定して立てたらもう一方の足に替えます。上半身が動かないようにして片足ずつ上げたり下げたり、それを繰り返します。それができたら同じ要領で一歩ずつ歩く練習。前へ後へ上半身が揺れないように動いて、それから「すり足」の稽古へ進みます。始めに「構え」もお教えするのですが、片足立ちが安定すると自然に構えも出来ていきます。
最初から安定して片足に重心を載せるのははなかなか難しいので、参加者の方には「すぐに掴まる所がある場所で、日常生活でも意識して時々片足立ちをしてください」とお願いしています。
仕舞を始めたばかりで「能エクササイズ」に参加してくださった方、なかなか体が安定しなかったのですが、暫くして稽古をした時に前より上半身が揺れなくなっていたので伺ったら、「歯磨きの時に片足立ちしてます」とのこと。効果が出てきたのかなと嬉しくなりました。時々何となくやってもなかなか効果は感じられませんが、意識を持って習慣付けると、自分の体を知る第一歩になると思っています。私も片足立ちすることを毎日の習慣にしてから10年以上経つのですが、40代50代の頃よりも舞台での運びも安定してきましたし、何より転ぶことがほとんど無くなった、というより転びそうになっても踏ん張れるようになったのです。
体作りに意識を持って取り組んでいるお弟子さんが、ある記事を見つけてくれました。
「右足と左足それぞれ1分ずつ片足立ちをすると、50分歩いたのと同じくらいの筋力を使う」
というものです。その頃は暑い時期でなかなかウォーキングができずにいた私は早速取り入れてみました。もともと片足立ちでするトレーニングはしていたのですが、それに加え別にやってみたのです。
毎日のルーティンに“片足立ち1分ずつ”をを取り入れて10日程して、毎月定期的に体をチェックしていただいている接骨院に行きました。すると、こちらから何もお話ししていないのに
「何か新しいこと始められました?」
と聞かれました。そこで“片足立ち1分ずつ”のことをお話しすると
「なるほどね。すごくいいと思いますが、同時に足首とふくらはぎをほぐすストレッチもしないと筋肉が固くなりますよ」
と教えていただきました。
こうして私の体作りをチェックしてくださる先生がいてくださるのはとても安心です。皆さんに能エクササイズとしてお教えするにあたっての指標作りが自分勝手にならないように、自分の体で確認しながらと思っています。
ということで、仕舞の稽古をしている人はもちろんですが、日常生活で「転びにくい体」を造るためにも、「片足立ち」の訓練は本当にお薦めです。