能管

田中一次先生

最初に笛を教えていただいた鈴木先生から
「自分は指ツケだけ教えるけど、あとは田中先生の真似をしなさい」
と言われ観に行った能の舞台で、私は田中一次先生の笛の音色に魅了されてしまいました。 

飄々としたお姿からは想像できない力強い息の吹き込み・吹き切り、波のように笛の上でしなう指遣い。田中先生の真正面に陣取り、必死で見続けました。家に帰ると鏡に向かい指遣いの真似。まだ能そのものにそれほど興味の無かった私は、田中先生の出演なさる能を観に行く度にそれを繰り返していました。その頃指導してくださっていた松尾先生も、自分の吹き方をまるで真似しないで田中先生の真似をするわがままな弟子を受け入れてくださり、教えてくださいました。

一時は声を出さないでいい笛方になろうかと思ったくらい、笛を吹くのが楽しかった、というより田中先生の真似をするのが嬉しかったのです。

田中一次先生

ある会で笛を吹いたとき、喜多流の粟谷菊生先生に
「あなた誰の弟子?」
と聞かれ
「松尾先生の弟子ですが田中先生の真似をしてます」
と答えたら
「そうだろうな。松尾さんより田中先生に似てる」
と言われ嬉しかった反面、「松尾先生に申し訳なかったかな」と思ったことをよく覚えています。

結婚して上京し、初めて田中先生に直接ご指導いただくことになったのですが、先生が体調を崩され、私に二人目の子ができてお休みしている間に亡くなられてしまったので、実際にお稽古をつけていただいたのは一年余りでした。

福岡で「獅子・乱」まで披かせていただいていたので、お稽古はもっぱらアシライ笛(その場面の雰囲気や謡に添うように拍子に合わせずあしらって吹く笛)のことや、今は吹かなくなった昔の吹き方などのことを伺いました。
「アシライ笛は謡の邪魔になるくらいなら吹かない方がいい」
とおっしゃっていたのが今も耳に残っています。
先生のアシライ笛は、その時々の謡を彩り、人の心に染みいるようでした。また、どんな舞を吹かれても言葉では言い表せない「田中一次の世界」でした。特に私は先生の盤渉楽(ばんしきがく)が大好きで、子どもが赤ちゃんだった頃は、その音色を真似た唱歌(笛の音を口で歌うもの)を子守歌にしていたくらいです。

田中先生は元々は小鼓方でいらしたのですが、指を痛められ笛方に転向なさったと伺っています。ですから笛方としての出発は遅く、最初の頃は梅若の座付きとして笛を吹かれていたそうです。そのために小鼓や他の囃子のこともお詳しく、当時の書生さんたちは笛はもとより囃子事は田中先生に習われていたと聞き及んでいます。戦争で能の催しが無かった時期もあり、笛の家のお生まれではなかった先生の表舞台での活躍は相当遅かったのですが、その実力は周りの認めるところだったと思います。

私が教えていただいた一年余りの間で、私と同じように先生の笛の音色に惹かれて、ひとりの青年が入門されました。それが現在能楽界の笛方の第一人者松田弘之先生です。私も舞台でいつもお相手をしていただいています。松田先生は今、入門当時の田中先生のお年頃になられています。跡継ぎがいらっしゃらなかった田中先生、松田先生のご活躍をきっと喜んでいらっしゃることでしょう。

居囃子

田中一次先生には短い間でしたが、素人の頃に舞・太鼓・大鼓で出演するときにお相手をしていただきました。シテ方として梅若会に所属させていただいてからは、田中先生はもういらっしゃいませんでしたが、師匠である梅若六郎先生(現 梅若実先生)のお弟子さんのお稽古の時に笛を吹かせていただく機会が増え、田中先生とご縁が深くていらした師匠から
「田中先生はこういう風に吹かれたよ」
などと、いろいろ教えていただきました。おかげで舞台では吹けなくなったにもかかわらず、大好きな笛を田中先生を感じながら吹き続けることができました。
 

笛を始めて少し吹けるようになった頃、玄人の先生方が古管(長年吹かれてきた名管)を使ってらっしゃることを知り、田中先生に教えていただくようになってすぐに「古管が欲しいのですが」とお願いしたことがあります。先生は一言「それで十分です」と言われました。私は恥ずかしくなりました。「身の丈に合った物を使いなさい」「その笛も育てなくてはいけないよ」先生にそう言われたように感じたのです。それから40年、最初にお習いした鈴木先生に取り寄せていただいた新管も、私と一緒にそれなりに育ち48年物になりました。「育った」というより「私を育ててくれた」「私に寄り添ってくれた」と言った方が合っているかも知れません。「笛が吹ける」ということで、他の方よりいろんな体験をさせていただくことができたのですから。

コロナ騒ぎで自粛中にも久しぶりに笛を取り出して「神楽」や「楽」などを吹いてみました。思ったより音も出て、心が浮き立ち元気が出てきました。直接には一年余りしか教えていただいていないのに、田中一次先生は私の能の人生にずっと関わってくださった、勝手にそんな思いでいます。

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