チャンバラ

お転婆娘

仕舞が面白くなったきっかけはチャンバラでした。扇を刀にして斬ったり刺したり飛んだり・・・。女でも関係ありません。それが快感だったのです。

私は子どもの頃から兄三人の影響を受け、野球や相撲が大好きで、やることなすこととてもお転婆な女の子でした。お人形遊びよりチャンバラごっこの方が面白く、おもちゃの刀が欲しくてたまらないのに、女の子だからということでなかなか買ってもらえませんでした。

ある日、父が帰ってきて「たかな(高菜)を貰ったよ」と玄関で言ったのを、かたな(刀)と聞き違え「エーッ!かたなーっ!」と叫び飛び出していったことで、そんなに欲しかったのかと買って貰ったという思い出があります。

小学校高学年では男の子にひとり混じって野球をやり、「将来は野球選手になりたい」と思っていました。今なら女子でもプロのソフトボールや野球のチームがありますが、当時は考えられず「なんで女に生まれたんだろう」と思うこともしばしばでした。

それから12年くらいして仕舞を始めたわけですが、女を気にしないでいいのが快感だったのは、それだけ私にピッタリの稽古事だったのかもしれません。

考えたら、能はもともと男性のもので、男性が老若男女すべてを演じていたわけですから、能を女性も演じることができるようになって、男や武者の役をするのに違和感がないのは当たり前といえます。固定観念がある人は別として、観る人の違和感は男女の差では無く、稽古による芸力の差に出てきます。男とか女ではなく、人間としての体を使うということが出発点なのです。

歌舞伎や宝塚など男性が女性を、女性が男性を演じる演劇は他にもありますが、そこには男役や女形として専門性があります。能のように、それがハマるかどうかは別として、男女の関係なく何の役でも演じられるというのは、なんと進歩的なことでしょう。もちろん「翁」のように、今でも女人禁制のものもありますが、これは「能にして能にあらず」といわれるように、神に捧げる儀式であり別物です。

昔は他の演目も含め、能を女性が演じることはなく、お座敷などでの稽古はできても、女性が舞台に上がることは許されませんでした。相撲と同様、神事の名残が強かったということでしょう。女性能楽師が増えてきた現在でも、女性には似合わない演目というのはもちろんあります。けれども役どころにも演じるための稽古にも男女の区別はありません。身についた芸力は必ず表れ、そこで性別による成果も結果も観る方に委ねられるということになります。
「能はなんと懐の深い芸能なんだろう」
と改めて思っています。

「お転婆」というのは小さい頃によく言われていて、気にもしていませんでしたが、このごろどうしてこの漢字を使うのか気になり語源を調べてみました。オランダ語の「手に負えない」と言う意味の「オテンバール」からだという説や、「そそっかしい」とか「機敏な」という意味の「てんば」に「お」が付いたとか諸説あるそうですが、どちらにしても「転婆」は当て字のようです。当て字であっても「転婆」という文字、歳を重ねてきた今の自分にピッタリだと結構気に入っていて、「転ぶお婆さん」にならず「転がるように動けるお婆さん」になりたいなと思うこの頃です。

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