ハミングでのチューニング

ハミングといえば、軽く鼻に響かせるものと誰もが思っています。けれども「声の道場」では、ハミングを使って「体が楽器」だということをお教えしています。この稽古法は私にとっても驚きの発見でした。

「声の道場 3」にも詳細は書いているのですが、その稽古法を始めたいきさつは思いもよらない出来事でした。

2年ほど前に、これまでにないワークショップのご依頼をいただきました。それは
「能をご覧になる外国人の方々を対象に、能楽堂で和の発声を体験させてほしい」
というものでした。時間は20分・・・?。

「声の道場」で数え切れないほどワークショップや講座はさせていただいていたので、だいたいのご要望にはお応えしてきたつもりでしたが、そのときは頭を抱えました。普段使える時間は少なくとも1時間、2時間3時間ということも多く、お話も実践もその場で臨機応変に対応していました。人数も多くて20人程度でした。お話だけなら問題無いのですが、体験をしていただくのに能楽堂で300人、外国の方々相手に通訳を交えての20分・・・できるかどうか悩みました。それでも和の発声を知っていただく滅多にない機会です。必死で方法を考えました。

お話は通訳の方との意思の疎通があれば問題ありません。まず西洋文化と日本文化の違い、生活習慣の違いをお話しします(横線文化と縦線文化参照)。それによって西洋と日本では、体の使い方、姿勢(構え)が違うのだ、ということをわかっていただきます。そして「体が楽器」だというのは声を出すことにおいては何処も同じ、だとしたら「和の発声」は「和の構え」をすることだ、と繋ぎます。そして椅子に腰掛けたまま上半身で「和の構え」を体験していただく。それからが問題です。いつものように「あいうえお・・・」や「いろはにほへと・・・」が使えないのです。いろいろ考えているうちにハッと思いつきました。

「ハミングを使ったらどうだろう?体という楽器のチューニングというのは?」
「顎を引いた和の構えなら鼻に抜けず体に響くかも知れない」

自分で試して「いける!」と確信しました。

当日を迎えました。スムーズに行くように、通訳の方と入念に打ち合わせをしていたので、前半のお話はうまくいきました。さて実践です!
 まず椅子に腰掛けたまま重心を少し前に乗せ、腰を立て顎を引き「和の構え」をしていただきました。
「口を閉じ、顎を引いたまま音階を気にせずハミングで喉(声帯のあたり)を響かせてください。和の楽器としてのチューニングです!」
口を閉じているので表に声が漏れず、喉のあたりを意識していただいているので息があまり鼻に抜けず、それぞれの体で音階に関係なしの自然な音が少しずつ響いてきました。それは音階が違っているのに不協和音にならず心地よい響きでした。そのことに皆さんがビックリなさったのがよくわかりました。そこで日本のお経や声明などは音階をそろえて歌うのでは無く、体の中に向かってそれぞれの自然な音で唱えるということを話し、先ほどの響きは表に向けての作った音では無く、人間として皆さんひとりひとりが持っている自然音だったから、心地よく響いたのだということを説明しました。
その後の演能が「隅田川」で、念仏を唱える場面があることを踏まえ、次の体験を続けました。
「今度は目を閉じて、今はもう会えなくなった懐かしい方を思ってハミングを体に響かせてください」
すると、なんともいえない優しい温かい響きが能楽堂に充ち満ちてきたのです。いらした方たちそれぞれの思いのこもった響きがひとつになったのです。私も感動して涙が出そうになりました。
息を表に出さないので、長くそのままハミングを続けていると、当然下腹が苦しくなってきます。
「今下腹が苦しくなったと思うのですが、そこが和の発声に一番大事な『腹』なのです」
とまとめました。

終わってから、参加した皆さんが喜んでくださったと伺い、ホッとして嬉しかったと同時に「これは普段の稽古やワークショップにつかえる!」と思いました。
 
今では普通にお教えするときのワンステップとして、よく使う方法になりました。コロナ禍の中での「声の道場」でも、絶対に飛沫が飛ばないので安心して稽古に使っています。自分の声がどこに響いているかを自然に感じることができるのが大きな利点です。
大きな口を開けて声を出す発声練習が難しい今、体の中に息が溜まるハミングでの発声練習は、「和の発声」を見直す機会になるかもしれません。

私も最初は「ハミングは軽いもの」と思っていましたが、「和の構えでのハミングはお腹を使って声を出す入り口としてとても有効だ」と意識が変わりました。今までで一番難しいワークショップでしたが、私にとってありがたい、得がたい体験となりました。

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