日本歯科新聞社が出版している「アポロニア21」(歯科医院経営・総合情報誌)という雑誌に取材していただきました。
今の時代に増えているという「口ぽかん」の子どもたちの現状。常時口を閉め切らずに口呼吸をしている子供たちの健康を憂いた研究論文を読まれたその雑誌編集の方が、私が「声の道場」でいつも訴えている「姿勢の大事さ」と口を縦に開けない「日本語の発音・発声」と繋がりがあるのでは、と考えられてインタビューを申し込んでくださったのです。
私はすぐに快諾しました。「声の道場」は声に悩みのある人が多いというところから始まったのですが、いろんな事例があり、殆どの悩みが姿勢と繋がっていることがわかってきました。そして顎をしっかり使うことが声にとっても体にとっても、とても大事だということがわかり、それを広くお知らせしたいと願っていたところだったからです。
声の悩みでいらした若い方に対応していて、下顎が緩んでいることが原因でしっかりした声が出ないのではないかという事に気がついたことがありました。割り箸を奥歯で噛んで声を出してもらうと強い声が出、奥歯を噛みしめることによって顎が首筋に引き付けられ、そのまま発声することで声が改善する、ということがわかりました。顎の力をつけるためにその練習を続けるとともに、なるべく固いものをよく噛んで食べることをお勧めしました。首筋を立てたよい姿勢を身につけることがしっかりした声、話し方に繋がることがよくわかった事例でした。もしかしたら彼は「口ぽかん」の状態だったのかもしれません。
また、言葉がはっきりしない、吃音がある、などの悩みで人とのコミュニケーションを取るのが苦手になり、家にこもりがちだという中学生が親御さんとみえたこともあります。丸まっていた背筋を伸ばし、頭が前に出ないようにして良い姿勢での腹式呼吸をお教えし、お腹から声を出すことを体験しながらだんだん表情が明るくなっていくのを目にしました。人に向かって大きな声を出さなくていい、まずは姿勢に気をつけて自分の中に向かって好きな詩や文章を朗読をする、ということから始めるようにお勧めしたところ、繰り返し努力されたようで、二週間後にいらしたときには、随分姿勢も良くなり小さくても体に響く声で話され、言葉が聞き取りやすくなっていました。また、その日はお腹から大きな声を出すこともでき、自分でもその声に驚かれていました。その翌年の年賀状で、友達と会話ができるようになって楽しく学校に通っているとお知らせをいただいた、という嬉しい事例もありました。ご本人が姿勢を直そうと意識して努力したことでそれだけの変化があったのです。
他にも声の悩みのある方には、体の動きにも悩みのある方が多く、姿勢が原因だと思わせられる例が数多くありました。常の生活の中で周りを見ても姿勢の悪い若い人や子供が多く「これは小さい時から良い姿勢を身につけることがとても大切なのではないか」と強く感じるようになりました。
そういうことから「声の道場 3」は書き始めたのです。大人は日常生活で小さい頃から子供の姿勢に気をつけてあげてほしい、外遊びをしっかりさせて体を使うための筋肉や遊びで覚える知恵を育ててあげてほしい、ということをお願いしています。勉強や専門的なスポーツはそれからでも遅くないはずです。
そして小学校では、姿勢の注意をするだけでなく「日常生活で姿勢をよくすることがいかに自分のためになるか」ということを教えてあげてほしいと提唱しています。
また「声の道場 3」には、高校受験で面接を受ける中学3年生に「相手に伝わる声」を指導してほしい、という依頼で中学校に出向いた時のことも書いています。「伝わる声」には姿勢が大事だけれど、声のためだけでなく健康のためにも「いかに姿勢が大事か」を力説し、実践をしたところ、
「これまで姿勢を良くしなさいと言われたことはあるけれど、どうしてなのかは言われなかった。姿勢を良くするとこんなに体に声が響き、他にもそんなにいいことがあるのなら気をつけたい」
という生徒が多く、手応えがある講座となりました。その他の反応はどうだったかということも詳しく書いています。子供たちは注意を受けることは聞き流すかもしれないけれど、実際に体感して納得をすると改めようと思うのではないか、と感じた講座でした。もちろん今現在姿勢が悪くなっている先生や親御さんにも、子供と一緒に自分の姿勢に意識を持って直す必要性も説いています。
緑桜会のホームページを始めるきっかけになった「息の中に文字を言い放つべし」という冊子にも書いていますが、「大きい声を出さない」ことばかり注意される子供たちの健康がかえって損なわれるのでは、と危惧しています。それより「姿勢を良くして声を出せば日本語はあまり飛沫が飛ばない」ことを教えた方がいいような気がするのです。もしかしたら多くの人の姿勢を直すいいチャンスかもしれません。
正しい姿勢を意識して身に付けることは、今の時代に必要な「マスクを着けても伝わる声」を育て、しっかり体に酸素を取り入れ、ウイルスに打ち勝つ体をつくることにも繋がるとも思っています。
「一人でも姿勢のいい人を増やしたい」
「日本人の強い声と体を取り戻したい」
これは能楽師としての活動とともに私のライフワークとなっています。
今回、雑誌の編集の方が気づかれたように「口ぽかん」の子が多くなっているという問題の一つの原因に「子供の姿勢が悪く顔が前にでている」ことが関係があるのは間違いないのではないかと思っています。能を始めてから50年、声の道場を始めてここ15年くらいの経験からの考えではありますが、歯科医師の先生が読んでくださるという雑誌で、私の思いを述べさせていただけることは、
「日本の声が危ない」
「日本人の体を取り戻そう」
と姿勢の大事さを訴え続けてきた私にとって、願ってもない本当にありがたいことだったのです。
健康上の多くの問題が子供の頃の日常生活の姿勢にあることを、影響力のある方に証明し発信していただきたい。そして「子供の姿勢を良くしよう」と強く思ってくださる方が増えること、それが世間一般に当たり前に広がることを心から願っています。