早口言葉

私が主宰している緑桜会の会員は「声の道場」がキッカケでお稽古を始められた方が大半です。
道場に申し込まれる理由はさまざまで、和の発声に興味がある、日常の声に悩みがある、和の稽古をしているがかけ声がわからない、という方などなど始められた理由はさまざまでしたが発声の稽古をしているうちに、姿勢の大切さに気づき、能の力を感じられ、そのまま謡や仕舞を始められたのです。能を観るのも、お稽古もとても楽しんでいらっしゃるように思います。
「声の道場」を始めてから17年程経ちました。この頃ではお稽古の成果が顕著になってそれぞれ難しい曲にも挑戦されるようになってきました。
それとともに私も「声の道場」として大人数のワークショップの時間を取ることが難しくなり、この頃では外からの依頼以外は開講していません。けれども口コミやご紹介、また「声の道場」の本を読んだ方や、たまたま発声に悩みがあり検索していて見つけた、という方などから緑桜会のホームページなどに体験の希望があります。そういうときは個人でのご相談を受け、稽古をさせていただくことが月に一度くらいはあります。
私の「和の発声」の教え方も、年数とともに、だいぶ変化してきました。目指す方向は変わりませんが、声に悩みを持っていらっしゃる方や、いろんな分野の方への対応などで、それなりに進化したように自負しています。

初めて見えた方に、日本語は口を縦に使わないでも話せることをわかっていただくために、私がお見せする(お聞かせする)パフォーマンスがいろいろあります。そのひとつが「早口言葉」です。
わかりやすいのでいつも使うのは
「隣の竹垣に竹立て掛けたのは竹立てたかったから竹立て掛けたのだ」
という早口言葉を使います。
初めに口をはっきり動かしてやってみます。1文字ずつの音はハッキリ聞こえます。次に奥歯をしっかり噛むと顎が背筋に惹きつけられるので、その状態で噛む力を抜いて、そのまま一気に言うのを聞いていただきます。声は少し小さくなりますが、文章としてスラスラ言うことができます
そこで受講者の方に
「どちらが聞き取りやすかったですか」
と伺うと、全員が目を丸くして小さい声なのに言葉が聞き取れることに驚きつつ、後者だと答えられます。
口をハッキリ開けて発音すると、一字ずつはハッキリ聞こえるのですが文章として聞き取りにくいのです。この早口言葉だとタ行とカ行が多いのでなんだか「ケタケタケタ」という感じに聞こえ、子音だけが立って言葉が聞こえてこないのです。
口を開けない(唇は動きます)で言ったときは、子音が表に押し出されず口の中で自然に発音されるために「竹」「立て」「掛けた」などの単語が聞き取れ、文章自体がスムーズに聞こえるのです。
他の早口言葉もやってみて同じなのがわかってもらえます。

滑舌が悪いのを直すのに、口をハッキリ動かすことで直そうとするのは逆効果だと思っています。日本語はそんなに口を動かして話すものではないからです。その訓練で余計に話せなくなり、閉じ籠もってしまう子供も少なからずあるのではと危惧しています。
もちろん日本語も少しは口を開けます。完全に口を動かさないというわけではありませんが、開けなくてもなせる言語だということがこれでわかります。
気をつけなくてはいけないのは、口をあまり開けずに話せるためには、顎が首筋に惹きつけられ、息が体に溜まる状態が必要なことです。つまり姿勢が良い状態でこそ口で作られた言葉が体で響く、ということなのです。
姿勢が悪いのに口を開けないからよく聞き取れなくて「もっとハッキリ口を開けなさい」と言われることになるのです。姿勢を直し、呼吸を深くすればいいだけなのに…。
まさしく「息の中に文字を言い放つべし」であり、そうして姿勢を良くして話していると、次第に呼吸筋(下腹)が鍛えられ、息を溜める力が付き、それによって体に響く声のボリュームが付いてくるというわけです。
「早口言葉」での稽古は「いかに姿勢が大事か」ということを理解していただけるとてもいい方法だと思っています。

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