「息の中にて文字を言い放つべし」の中で、マスクをして謡う稽古は、姿勢をチェックするのに有用だと述べました。
コロナがなかなか収まらず、マスクが手に入りにくい時期もありましたが、この頃はいろんな種類のマスクが増え、また暑さも厳しくなり、マスクによっては謡っていると息苦しくなる物もあります。そこで私なりにいろいろ使ってみたので、稽古の時に使いやすいマスクについてお伝えしたいと思います。
能の面を付けて声が面に籠もるのは、息が体に溜められず謡っているときに息が前に出るせいですが、いい発声をしていてももちろん呼吸のための息の出入りはあります。ただそれが「前に向けて」になるか「下に向けて」になるかの違いなのです。顔と面の間には「面当て」という物を付けるので、ピッタリ顔に付くのではなく、少しだけ隙間があります。そのため呼吸の際の出入りの息が、前でなく下に向いていれば下の隙間から抜けるのでそれほど面の中に籠もらないのです。
マスクも同じです。顔が前に出ず、良い姿勢でいれば前に出る息が少なくなるというだけで、完全に息が出ないわけではないので、息の抜けるところがなければ息苦しくなります。何のためにマスクをするかというと、飛沫を前に飛ばさないためですから、面と同様に前への呼吸ではなく、顎が引けて息の向きが下向きであればいいわけです。であれば息が下に抜けるところが有ればいい、ということになります。
そう考えると、自ずとマスクの選び方もわかってくると思います。顎までしっかりカバーするマスクは感染防止にはいいのですが、息が下に抜けないので謡の稽古の時には向いていません。構えができていても苦しくなるのは当たり前です。稽古で謡うときは下の部分があまりピッタリくっつかず、汗を吸収しやすい布マスクがいいと思います。ソーシャルディスタンスがある程度できている状態でのマスクですから、それで十分だと思います。電車の中などが心配な方は、付け替えられたらいいと思います。
暑さが厳しくなり、マスクをずっとしていることで熱中症になりやすいということも言われ、「人がいないところでは外しましょう」という注意もされます。稽古の時のようにソーシャルディスタンスが取れるところでは使いやすいマスクを、電車の中やお店など密な場所ではしっかり鼻と口を覆うマスクを。マスクにもTPOが必要なのかもしれませんね。