40歳で観世流シテ方の師範に推挙していただいたとき、上の娘は小学校2年生、下の娘が幼稚園年長でした。そのため能楽師とは言っても名ばかり、出勤は最小限。毎月の定式能とその申し合わせだけにさせていただき、その他は師匠のお弟子 […]
玄人としての初シテ
40歳の時に玄人に取り立てていただき、能を舞わせていただくことなどまだまだ先のことだと思っていたのに、2年目の平成2年、靖国神社の大祭での奉納の能で初シテをさせていただくことになりました。毎年恒例の奉納の能は、当時書生さ […]
初めての能
私が初めて面を付けて能を舞わせていただいたのは28歳のときでした。本当は父が70歳の古稀のお祝いに舞うはずだったのですが、糖尿病がひどくなり立ち居がままならなくなったため、代わりに私に舞うようにということになったのです。 […]
お転婆娘
仕舞が面白くなったきっかけはチャンバラでした。扇を刀にして斬ったり刺したり飛んだり・・・。女でも関係ありません。それが快感だったのです。 私は子どもの頃から兄三人の影響を受け、野球や相撲が大好きで、やることなすこととても […]
怖い物知らず
囃子の稽古に夢中になり始めていた頃、私は自分がお習いしている先生や憧れている先生のこと以外は能のことをほとんど知りませんでした。自分の稽古している梅若が観世流の一派だということもあまりよくわかっていませんでしたし、まして […]
金春惣右衛門先生
太鼓の手ほどきは津田美代子先生にしていただきました。津田先生は柿原崇志先生の奥様のお母様です。当時はまだ素人でいらしたのですが、金春惣右衛門先生の高弟でとてもお上手な方でした。月に一度しか福岡にお稽古にいらっしゃれない金 […]
田中一次先生
最初に笛を教えていただいた鈴木先生から「自分は指ツケだけ教えるけど、あとは田中先生の真似をしなさい」と言われ観に行った能の舞台で、私は田中一次先生の笛の音色に魅了されてしまいました。 飄々としたお姿からは想像できない力 […]
小鼓から笛へ
掛け声の珍しさと、なかなか音が出ないという魅力にはまって小鼓の稽古を始めた私でしたが、そのうちに母に勧められて仕舞も始めました。これも「声を出さないで済む」と思ったからです。あとでシテ謡を謡わなくてはいけないことに気づく […]
囃子三昧
私が初めて能の世界に足を踏み入れることになるきっかけを作ってくださったのは、柿原繁蔵先生です。繁蔵先生は柿原崇志先生のお父様で、柿原弘和先生・光博先生、白坂信行先生・保行先生のお祖父様にあたります。 母が自宅のお稽古場で […]
能のひとひら
50代の頃、五行歌をよく作っていました。和歌や俳句も好きだったのですが、何の決まりも無く、ただ気持ちを五行に表せばいいという手軽さに惹かれ、思いついたことを五行にしていました。一つの文章をどこで区切るかによって、リズムや […]